第8回 チェロとご遺体
糸井 ようするに「隠すべき部分」について、
納棺の儀式には、
こまやかな配慮があるじゃないですか。
本木 ええ。
糸井 たとえば、若い女性のご遺体を
儀式上「裏返す」ような必要があるとき、
納棺師は、いやらしい気持ちなど
ぜんぜん抱いていないんだってことを‥‥。
中沢 ところどころで、表明してますよね。
糸井 なんというか「手品師が袖をまくる」みたいに、
「エロス」のかけらも
ここには介入しておりませんので‥‥という
証明みたいなことを、次々やるんです。
本木 ええ、ええ。
糸井 ご遺体を仏衣に着せかえるときには、
この布をかぶせて、見えないようにして‥‥とか。
中沢 うん。
糸井 なのに、清拭のために、素肌には触れてる。
本木 ええ。
糸井 だから、どんなに「エロスはありませんよ」という
フリをしたって、
どうしても「エロスのうたがい」がモヤモヤと‥‥。
中沢 エロスのうたがい(笑)。
糸井 そこで、映画では「さわっちゃった」んです。
中沢 うん‥‥。
本木 あはっ‥‥ははは(笑)。
糸井 なんとなくモヤモヤとスッキリしなそうな
納棺の「エロス問題」を
ああやって「さわっちゃって」、
つまり「笑い」に回収してしまうことで、
かるく解決しちゃってるんです。
中沢 この映画の「ポップス」の側面だよね。
糸井 ちょこっと音鳴らしといたから、みたいな。
中沢 ちーん‥‥とね(笑)。
糸井 そうそう(笑)。
本木 あはははは(笑)。
糸井 もう、あの場面でね、
もう招待されちゃったですよね、ぼくは。
本木 そこは小山(薫堂)さんの腕でしょう。
糸井 あのシーンを冒頭に持ってきたことで、
観ているほうには、
映画全体の俯瞰図が手に入るんですよ。
中沢 うん、そうだね。
糸井 どのくらい分量、笑わせるのかってことも、
だいたいわかったしね、あれで。
本木 ご遺体とはいえ他人の身体ですから、
どれくらいさわってもいいものなのかと、
とまどいがあったんです、ぼくも。
中沢 だろうねぇ。
本木 で、納棺師のかたに、そのへん確認したんです。

そうしたら、女性の場合、
たとえば「胸」をお拭きするときには、
「胸のまわりあたり」を拭いてる、と。

そこはさすがに、触れませんので‥‥というか。
糸井 実際、そういう表現をしてますよね。
本木 はい、そういう動きをしています。

ただし、「股間」についてはですね、
けっこうお歳を召されると、
おじいさんなのか、おばあさんなのか、
わからなくなるケースが、あるんですって。

もちろん、故人のお名前をおうかがいして、
男女の区別を
わかったうえでやっているんですけど、
やっぱりかんちがいしてしまう場合がある。

そして、まちがったお化粧をしてしまうときが
あるらしいんですよ。
中沢 へえー‥‥。
本木 だから、そのために、
ひとつの確認作業として、その‥‥。
糸井 わかります。
本木 おなかの部分からの流れでサッと触れて、
確かめることになってるらしいです。

だから「大丈夫、そこに手がいっても」って。
糸井 あの場面は、本木さん演じる小林大悟が
まだ「見習い」の状態ですから、
観客の目線とも近くて、感情移入しやすい。

このあたりも、
小山薫堂さんの達者なところだよね。
中沢 うん、ほんとうまかった。
本木 小山さんといえば‥‥なんですけれど、
次、作品を書くときは、
チェロの響きが好きだから、
なんらかのかたちでチェロを絡ませたいと
思ってたらしいんです。
中沢 じゃあ、主人公が「元チェリスト」って設定は
たまたま偶然だったってこと?
本木 ええ、そうなんです。

たまたま、小山さんの「次回作」が
この『おくりびと』だった‥‥だけ。
中沢 チェロって、つまり「女体」だよね?
本木 はい。
糸井 抱きかかえて演奏するところとか‥‥
完全に「女体」ですよね。
本木 そう、そうなんです。
チェロは女性の身体を模してつくられた楽器。

さらに、弦楽器のなかでも
いちばん人間の肉声に近い音域を持っているんです。
糸井 へぇ‥‥おもしろい。
中沢 チェリストから納棺師ということは‥‥。
本木 関わる物体が、女体的「チェロ」から
「ご遺体」に、変わったわけです。
中沢 ‥‥抱きかかえるものが。
糸井 ということですよね。
本木 そう考えると、チェロって
まるで棺みたいなケースに入れられているし‥‥。
糸井 ああ、そうか、そうか。
本木 「これ、狙ってたんですか?」って訊いたら
「ぜんぜん、そんなんじゃないんだよ」って。
中沢 ほんと、たまたま「次回作」だったと。
糸井 やっぱり強運なんだよなぁ(笑)。
本木 ご遺体を抱くためのレッスンとして、
チェリストという職業が用意されてた‥‥なんて
ちょっと深読みしすぎかもしれませんが。
中沢 いや、おみごと、おみごと。
糸井 うん、すごいですね。
本木 いろんなことが、うまくかみあって。
糸井 でもね、もっとすごいなと思ったのは‥‥。
本木 ええ。
糸井 プロのチェリストだったときに使っていた
大きくて高価なチェロを、手放したことですよ。

主人公が、都会を離れるときに。
中沢 ああ‥‥。


<つづきます>


2008-12-04-THU

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN