第6回 死的唯物論
本木 身体の大きなおじいさんの納棺に
立ち会わせていただいたことがあるんです。
糸井 ほう。
本木 もう、巨体といってもいいほどの
立派な体格のおじいちゃんを、
女性納棺師のかたが、
軽々と‥‥といったらヘンなんですけれど。
糸井 なるほど、なるほど。
つまり「肉体の技術」のことですね。
本木 パシュパシュッと、身体のさばきかたが、
見るだにすばらしく。
中沢 うん。
本木 膝の先を身体の下にうまく差し込んだりして、
テコの原理みたいなことなんでしょうけど。
中沢 だから、ほんと「お茶」なんだよなぁ(笑)。
糸井 そういう様式から生まれる美しさや、
技術のたくみさが、
あの「納棺の儀式」を成立させてるんでしょうね。
中沢 だからぼくは、この映画を観て、
親しい人の「死」という現実を
日本人はやっぱり「型」で乗りきるんだなあって、
あらためて、おどろいたんですよ。
本木 なるほど。
中沢 たとえばユダヤ人だったら、
身のまわりに起きるものごとを、
「数字」で処理するんだと思うんです。
本木 数字‥‥どういう意味ですか?
中沢 つまり、どんな状況にあっても、
最終的には「計算の帳尻」を合わせていく。

そうすることで、
自分たちの世界をコントロールしてるんです。
糸井 言いかえると「損得」に近いものかな。
中沢 そうですね。

その点、日本人という民族は、
人の死さえも、いや、死であればこそ
とにかく「型」で決めこんで乗り越えていく。

そういう民族なんだなぁって。
糸井 なるほどね。
本木 たしかに、あの「納棺の儀式」の存在で、
人の死にまつわる混乱や興奮の状態が、
かなり緩和されているんじゃないかと、思います。
中沢 そうですか。
本木 あの時間があるとないのとでは、
たぶん、故人も遺族も、
納得の度合いが違ってくるような‥‥気がする。
糸井 いや、そうなんでしょう、きっと。
本木 いま、NHKのドラマで
司馬遼太郎さん原作の『坂の上の雲』を
撮影してるんですけれど‥‥。
糸井 ええ。
本木 話の舞台が日露戦争のころで、軍人役ですから、
呉の海上自衛隊の学校に、
見学やら、取材やらで
おうかがいすることがあるんです。

で、その近くに、海軍の墓地があって。
中沢 はい、はい。
本木 そこに行って、あれだけの数の人たちが
「おくる/おくられる」なんてこともないまま、
海の藻屑と消えてしまったことを思うと、
ふつうに屋根のあるところで
「おくってもらえる」ということ自体が
すごく幸せなことなんだなぁって感じたりして。
糸井 だから、ひとつの「場」として、
死者も含めて安定してるってことなんでしょうね、
納棺の現場って。
中沢 そうだね。
本木 それに、お茶の作法にも、納棺の作法にも
人間らしい「配慮」を感じるんです。
糸井 ああー‥‥。
本木 ひとつひとつの動きに、
「意味」と「こころ」が込められている。
糸井 流派とかもあるのかな?
本木 わたしたちは、北海道にある納棺協会のスタイルに
お世話になりましたが、
別のやりかたも、もちろん、あると思います。
中沢 1954年の洞爺丸などの沈没事故のときに、
その納棺協会の創始者のかたが、
ご遺体を運び上げるお手伝いをしたとか。
本木 はい、そのきっかけが「納棺師」のはじまり‥‥。

その後、進化して
欧米の「エンバーミング」という技術も入ってきて。
糸井 それって、防腐処理というか、
遺体を長期保存するための技術ですよね。
本木 ええ、血液とホルマリンを入れ替えるっていう。

欧米では基本的に土葬ですし、
たとえば偉人が亡くなった場合などは
セレモニーのために長く保存できるように、と。
中沢 うん。
本木 もともと、それらの技術は
戦争なんかのときに、
戦死した兵士を、できるだけよい状態で
本国まで送りとどけるために
発展してきたものらしいんです。
糸井 へぇー‥‥。
本木 その技術が、だんだん、
葬送の世界にも導入されるようになって。
中沢 保存のための防腐処理だけでなく、
ご遺体の修復も含んだかたちでね。
糸井 修復。
本木 外科的な手術を施して、ご遺体を修復する。

手先の器用な日本人は、そういう技術も取り入れて
近年は「エンバーマー」の免許を持っている
納棺師のかたも、そろってきた。

そんな時期に起こったのが
あの、1995年の阪神大震災だったんですよ。
中沢 ああ‥‥なるほど。
本木 たくさんのかたがお亡くなりになられて‥‥。

皮肉ですけれど、そうした出来事を経て
エンバーミングの技術や知名度は
普及するようになった、ということです。
中沢 あの技術って、旧ソ連はじめ共産圏の国では
独自の発達のしかたをしてますよね。

レーニンとかスターリン、
ヴェトナムのホー・チ・ミンとか‥‥。
本木 ああ!
糸井 まるで眠ってるみたいにして‥‥。
中沢 保存されてるでしょう?
糸井 今にも起きだしそうな感じで
安置されてますよね‥‥そうか、そうか。

つまり「カリスマの実体化」なわけだ。
中沢 社会主義の国ならではというか。
糸井 つまり、唯物論だ。
中沢 そう、唯物論の極致なんです、あれは。
<つづきます>


2008-12-02-TUE

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN