ルールを原始的に。 ルディー和子さんと、お金と性と消費の話。
 
第7回 あらためて、消費のクリエイティブ。
糸井 生産についてのクリエイティブっていうのは、
どんどん発達したんですね。
つまり、肉の獲り方については、
弓矢が発明されて、
組織的な動きが発明されて、
貯蓄が発明され、流通が発明され、
全部、できたんですけど、
消費と贈与のクリエイティブっていうのは、
結局、後回しになった。
つまり、エネルギーが足りない時代、
少ない生産者で、全員の食料ぐらいは
確保できるっていう時代に、
脳もふくめ、人体って、できてるんで、
冷蔵庫作っても倉庫に眠ってるような、
過剰生産の時代っていうのが
来ると思ってなかった。
だから消費のアイディアっていうのは、
いままで芸術以外では、
なかったんだと思うんですよ。
休み方っていうのも、
レジャーで稼ぐ人の
生産のクリエイティブとして発明された。
お金の使い方もおなじ、
寄付の仕方もおなじっていうことで、
消費をクリエイティブするっていうことは、
やっぱり、まだはじまったばっかりなんです。
中世からあとのルネッサンスの時期でも、
大金持ちたちが、何したかとか、
あの辺は、ちょっと歴史が3、4代続くと
クリエイティブするじゃないですか。
ルディー うん。
糸井 いい絵描きがいたから連れてきたんだよとか、
みたいなことって、偶然だったり、
犬も歩けば棒に当たるみたいなことの蓄積で、
金持ってる人の態度としては、
かっこいいなぁっていう拍手があったり、
芸が磨かれていくように、
消費のクリエイティブっていうのも、
ちょっと続くと磨かれてくるんじゃないかな。
IT長者の人たちは、
一代限りどころじゃなくて、
数年でなっちゃうから、そっちは磨けない。
ルディー うんうん。
糸井 結局マンション買って、
女の子にモテて、
フェラーリ買っておしまい。
だから、絵が凡庸なんですね。
歴史見ても、天国の図っていうのは、
あんまりいい絵がないんです。
で、地獄絵図については、
ものすごいクリエイティブがあるわけで、
やっぱり、歴史がそっちの、
アートに現れてる資産を、
貧しい側から、いっぱい時間をかけてきたから、
ここから先、飯がいき渡るようになってからの
消費のクリエイティブっていうのが、
たぶん、仕事になるんだろうなぁと
思ってるんですね。
ルディー うん、うん。
糸井 昔は、貴族が先にやって
それを庶民が真似してっていう。
いま貴族っていないんで、
それは貴族と千利休が
一緒になって考えるんだろうなぁと
思ってるんですけどね。
寄付の仕方だってアイディアありますからね。
ルディー はい。そうですよね。
糸井 シルク・ドゥ・ソレイユの寄付は
50人のチームがいるらしいんですよ。
ルディー そうなんですか!
糸井 もともと大道芸から生まれたサーカスだから、
儲かっちゃって寄付するにしても、
どういうふうにしたら、いちばんよろこばれて、
自分たちのお金が、役に立つ消費ができるか、
贈与ができるかっていうのを、
本気で研究している。
そういうことがそろそろ、
行われてきてるみたいですね。
ルディー 日本は、ほんとについ最近まで、
わりと、ある程度公平って、
みんなが思ってた社会なので、
格差社会っていうのは、
これからだと思うんですよね。
糸井 うんうん。
コレステロールが余ってしょうがない、
って言うようになって、30年。
30年って、知ってるよ、オレそのときのこと、
っていうくらい最近なんですね。
そこまでは痩せてたわけで。
ルディー そうですよね。
糸井 早い話が全部過栄養になってるわけでしょ。
その短い歴史の中で、
使い方だとか、無理ですよね。
そこをなんか、「そっちのほうが
かっこいいなぁ」っていうと、
いまの人たちって、貴族にならなくても
すっとそっち行っちゃうことができる。
その意味では、ぼくらのやることを
おもしろがって見てもらえてるのは、
その辺の人たちが、こう、
支えてくれてるんじゃないかなぁと思ってて。
だからルディーさんの本が売れてなくて、
なんでぼくががっかりしたかっていうと、
オレのやってることは、
やっぱり少ない人数かっていう、
その寂しさがあったんです。
でも、なんだろう。
こんなにちがう道なのに、
おんなじような興味を持ってる人が
消費のクリエイティブって言葉を軸に
集まれてるんだから、
なんかこう、あるんでしょうね。
時代的にね。
ルディー ほんとにおっしゃる通りだと思います。
これからどういうふうに
消費していくのかとか、
贈与っておっしゃいましたけど、
‥‥うーん。
お金。
とにかく、日本は、金融資産が
たくさんあるってことは、
貯めることとか、そういうことには
すごく一所懸命やって、
でも、結局そのまま置いてあるってことで、
どこに使っていったらいいか、
わかってないってことですよね。
糸井 男っていう性が持ってる、
性的なエネルギーっていうのは、
単純に言うと、精子2億個なんですよ。
そのまま円にすれば、2億円ですよね。
で、いつでもばら撒く用意があるんですよ。
なのに、受け入れてくれる、
消費させてくれるフィールドがないんですよ。
で、結婚しない男子だとか、モテたいだとか、
あれはつまり、使いたいっていう欲望ですよね。
で、男の性のやるせなさと
いまの消費社会の行き詰まり感って
そうとうぼくは似てると思うんですよ。
ルディー ああ、あると思います。
いますごく興味があるのが、
動物行動学者の
リチャード・ドーキンスが言ったように、
ほんとうに人間の脳っていうのは、
その人間が長生きして、
たくさん繁殖して子孫を残すように
プログラムされているわけで、
お金とか食べ物とか、
そういうことに関して報酬系は
今でもちゃんと活性化しているじゃないですか。
糸井 うんうん。
ルディー それがなぜか自分の子孫を残すというところになったら
ぜんぜん活力がなくなってしまったっていうのは、
なんなんだろうなって思います。
糸井 そこはねぇ、謎なんですよね。
国全体がね、そのことについてね
過剰な幻想を持ってた時代が長かったんですよね。
つまり、栄養というか、
脂身に象徴されるようなものを
わさわさみんなが奪いあっていた。
動物がそうですよね。
ルディー ええ。
糸井 脂身とか大好きですよね。
たぶん人間もそうだったんですけど、
例えば、これもう逸脱してるんですけど、
従軍慰安婦という発想がありましたよね。
ルディー ええ。
糸井 あるいは、いろんな
小説の世界の中の男たちは、
自分の性的な煩悩と、
ものすごく格闘してるんですね。
ルディー はい。
糸井 それは、おそらく作家の想像力が
そこまで働いてるからなんですけど、
社会的にもそうだ、
ってことが常識だから、描けるわけで。
ルディー うん。
糸井 で、そこを「オレは大丈夫よ」
って言ったら、解脱してるっていう、
もう神のような扱いになるわけですよ。
ルディー うんうん。
糸井 だけど、逆に言うと、いま若い男の子たちで、
二次元がどうだって言ってる子たちも含めて、
従軍慰安婦がなくても、ぼく平気ですよって、
絶対言うと思うんですよ。
で、果たしてぼくもそういうところに
疑いを持ってから、
自分が若いときに考えていた
過剰な性欲っていうのと戦ってるつもりだったけど、
あの戦いそのものが、
架空のドラゴンと戦ってたんじゃないか、
っていう、非常に文学的な
テーマになっちゃうんですけど、
その文学、書いてみたいぐらいなんです。
ルディー うん。
糸井 で、女性はそこ、先にもう
到達してるんですよ。
つまり、いまの女性って、
ほんとに尼さんですよね。
ほんとに男めんどくさいって言う人の数が
もう山のようですよね。
そうするとますます男たちは
ばら撒く場所がないっていう。
ルディー もしも女性にも
リチャード・ドーキンスが言ってるような
遺伝子が、脳にプログラムされてるんだったら、
自分の子孫を残そうって意欲が
なきゃいけないのに、
ないじゃないですか。
糸井 はい。
ルディー なぜ、そこの分野だけ、
活性度がなくなっちゃったのか、
っていうのは、ものすごい不思議ですね。
糸井 不思議ですねぇ。
それは、きっと、
説明できるんでしょうね、いずれ。
ルディー でも、そのとき
絶滅しちゃってるかもしれませんけど。
糸井 つまり、そういう悲しい話なのかもしれない。

(つづきます)
2010-07-20-TUE
前へ このコンテンツのトップへ 次へ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN