2012-12-10-MON



西水 パキスタンでホームステイをさせてもらった
その家のお母さんの生活は
人間のものではありませんでした。
毎日、重い水を汲みに1時間山を登って
汲んだら1時間かけて下りてくる。
それを日に3回、
細い体に鞭打って上り下り。
ほんとうに命がけなんですよ。
でも、それをやらなきゃ死ぬということを
お母さんは知ってますから‥‥。
私もその生活を数週間体験しましたが、
そこには「希望」がないんです。
糸井 ああー。
西水 たとえばアパルトヘイトに立ち向かって
壮絶な人生をすごしたネルソン・マンデラも
牢獄の中で「希望」は持てていたわけで、
それで生きていけたと思うんです。
でも、そのパキスタンのお母さんの生活は
「希望」すら持てなかった。
お母さんが言っていたのは、
「子供たちが教育を受けて、
 この生活を繰り返さないことが
 唯一の希望だけど、それも叶わない」
ということでした。
なぜ希望が持てないかというと、
政治が悪いから。
悪い政治が、理論や空論ではなくて
目の前にあったんですよ。
糸井 ええ。
西水 当時のパキスタンの教育制度は
非常に腐敗していて、
たとえばその村の小学校には、
先生がこないんです。
そのころのパキスタンでは
教員免状を持っていれば将来年金が出るので、
政治家にお金を積んで免状を買った
「幽霊教師」たちが、ごまんといたんですよ。
糸井 はい。
西水 小学校というのは名ばかりの
空っぽのコンクリートの暗い箱に、
子供たちは毎朝、たいへんな山道を
片道数時間かけて通ってきます。
なぜなら教育を受ければ、
未来が変わるかもしれないという
「希望」があるから。
そして暗いコンクリートの箱の中で、
「今日は先生くるかなあ」と思いながら
みんなでじーっと座って待ってるんです。
糸井 ‥‥‥‥。
西水 パキスタンは、大きな国です。
人口もけっこう多いし、
国の面積も日本の二倍くらいありますから。
なのにその国の小学校の制度は、
そういう形で腐敗していました。
糸井 悪いほうに確立していたんですね。
西水 そうなんです。
そしてそのことは
村人たちもちゃんと知っています。
子どもたちも知ってる。
けれど自分たちにはどうすることもできない。
糸井 できませんね。
西水 憎しみとかうっぷんとか、
ものすごく膨れあがりますよ。
だから私は、大臣なり大統領なり
偉い人たちに喧嘩をふっかけるときに
「ちょっと怖いなぁ」となってしまったら、
いつもあの村のお母さんのことを思い出すんです。
「希望」がない生活を強いられているとは、
どういうことか。
それを思ったら、相手が誰だって、
喧嘩をふっかけますからね。
そういう意味での勇気というか、
「正しいことは、正しくしないといけない」
という後押しみたいなものは、
すごくもらいましたね。
糸井 本気のスイッチが入ったときに
西水さんの中で、
いろんなことが変わられたんですね。
西水 目が見えるようになった感覚かもしれません。
それまでは見えなかった
いろんなものが見えるようになって、
その後、ほんとうに役に立ちました。
糸井 希望を奪われた村人たちにはできないことを、
私はしなければいけない。
目の前の現実の酷さをなんとかしたい心と、
世界銀行という
政治を変えられるかもしれない立場とを
どちらも持っているのは私だけだ。
そういうことですよね。
西水 そうです。
糸井 大変だけど、すごいですねそれは。
西水 ‥‥いろんな応援がありますから。
糸井 応援はあるけれど、
実際動くとき立場としてすべてを背負うのは、
西水さんなんでしょう‥‥?
西水 政治的に背負うのは私だけです。
でも、すごいというよりもそれは、
やらなきゃいけない。
「やらなきゃ死んだときに
 仏様に会わせる顔がない」
と思いながら、日々、向き合っていました。
糸井 ‥‥西水さん、もともと、
そんな人になる予定はなかったですよね?
西水 もちろん、ぜんぜんなかったです(笑)。
そんなことをやるのが世界銀行だとも
思っていませんでしたし。
糸井 予定には、ないですよねぇ。
西水 ですが、かえってそのほうが、
学ぶことが大きかったんです。よく見える。
村から帰って、
第一歩を踏み出したときに見えたのが、
「どうしてよそ者の、世界銀行の私が
 こんなことをやらなきゃいけないの?」
ということでした。
これは政治家の仕事でしょ? もしくは官僚の。
糸井 はい、はい。
西水 村人たちも、はっきり言いました。
ホームステイが終わって送り出してくれるとき、
お互いにもう号泣の別れでしたけど、
「ミエコ、
 これからあんたがやるって言ってることは
 本当はパキスタンの政治家が
 やらなきゃいけないことだ。
 ‥‥だけど、がんばれ、ありがとう」
そう言って送り出してくれたんです。
糸井 世界銀行という仕組みがあったおかげで、
トランプのジョーカーみたいな
動きができたわけですよね。
西水 ええ。
世界銀行は国際法によって
加盟国の住民の幸せのために動けるルールが
定められていますから。
政治介入しても怒られません。
糸井 はい。
西水 そのうえ、億の単位でお金が動く。
「いつまでもそういうことやってると
 この億、貸さないからね」
と、はっきり言えるわけですよ。
糸井 そういうときには、お金も「力」ですね。
西水 「力」。ほんとうに。
お金って私、嫌いなほうなんですけど、
お金が「あぁ、ありがたい!」と思うのは
そういうときですね。
糸井 役に立つのを目の当たりにしますもんね。
西水 ええ。
だけど使い方によっては‥‥お金は恐ろしいです。
お金ほしさに、思いもしないことを
「わかりました」なんて言うから。
糸井 両面を、見ていらっしゃいますねぇ。
西水 そのあたりを見極める自信がないとだめですね。
お金は、恐ろしいです。
糸井 感情だとか生半可な哲学じゃ
太刀打ちできない強さが、お金にはありますもんね。
そういうとき経済を勉強されていたことは、
役に立ちますでしょう、やはり。
西水 相当役に立ちました。
結局、村のレベルだと
目に見える問題の把握まではできても、
それを国家の財政問題と絡めて
根本的な解決をすることはできないんです。
だけど私はそうした情報をもとに、
IMF(国際通貨基金)の方々に
「この腐敗がどれほど
 国家財政を悪くしているか」
「大改造しないと国自体が危険です」
とはっきり言えたので。
それはエコノミストとして
訓練を受けたからだと思います。
糸井 ‥‥西水さんのそのお仕事には、
ほんとうに、なるべくしてなった
運命みたいなものを感じます。
西水 ありがとうございます。
でも、きっとわたしの場合は、
積み重なった偶然の結果なのだと思います。
(つづきます)
2012-12-10-MON






世界銀行副総裁という立場から、
つねに「現場」に根ざした「国づくり」を
推し進めてきた西水美恵子さん。
こちらは西水さんが、各国で向き合ってきた
改革や支援のことを書かれた1冊。
出会われてきた素晴らしいリーダーたちや
草の根の人々の話をはじめ、
胸に響く話が多数収められています。

英治出版、2009年4月発行 
本体1,800円+税



西水さんが、自身の体験から
考えてきたことや学んできたことを
書かれたのがこちらの本。
リーダーの姿勢やありかた、
働くということ、危機管理の方法など、
さまざまな発見があるとともに
西水さんのまっすぐな姿勢が
読む人に勇気を与えてくれます。

英治出版、2012年5月発行 
本体1,600円+税