いよいよ『ゼルダ』がやってきた!

 


お待たせいたしました!
ほんとうに、
お待ちくださっていたかたも
大勢いらっしゃることと思います。
任天堂の宮本茂さんのところに、
ほぼ日からdarlingがでかけ、
「ゼルダの伝説 風のタクト」
完成させたばかりの宮本さんに
いろいろなお話を聞いてきました。

とても古いつきあいの
darlingと宮本さんですが
古いつきあいなだけに、
二人で交わされる言葉には
まわりには「暗号」じゃないかと
思えるようなやりとりも、
あります。
でも、今回は、ずいぶんと
「わかりやすい」言葉で、
約3時間の対談が行われました。

というのも、
この対談の前の週に、darlingは発売前の「ゼルダ」を
体験し、それを「ほぼ日」で中継しました。
京都に出かける前、darlingは、
「こんなすごいものをつくった人に、
 なにをきけばいいんだろう?」
と、すこし頭をかかえていました。
そして当日、メディアはちがえど、
同じように「クリエイティブであること」
「チームを率いる」ということについて
いつも考えているdarlingは、
「どうやって、これができたのか」を
とりわけ、じっくり、くわしく、訊くという
やりかたで、宮本さんに対峙しました。
その結果、とても平易な言葉で、
「ゲーム論」でもあり「組織論」でもあり
「クリエイティブ論」でもあり「エンタテイメント論」
でもあるような、充実した内容の対談となったのでした。

ゲームファンのかたにも、そうじゃないかたにも、
きっと刺激的な内容になっていると信じています。
では、どうぞ!


糸井 宮本さん、お久しぶりです。
この対談で、宮本さんが、
最初になに言うか、想像できるんです。
「いやっ、今回、僕は、
 ホンマに何もしてへんのですわ!」(笑)。
宮本 (笑)もう、今回、ホントにね‥‥
楽やったんですよー。
糸井 毎回言うよ、それ!
宮本 僕、スタッフみんなが
クリエイティブであるように、とか言って、
じっさいそうであれば、楽できるんです。
みんながそうじゃなかったときが
仕事なんですよ。
糸井 クリエイティブじゃなくなったときがね。
宮本 そう、クリエイティブじゃ
なくなってるって。
そうなってないっていうときが
僕の仕事なんで。
糸井 そうか。
宮本 今回は規模が大きすぎて、
収集つかなくなるので、
プロデューサーが
たくさん動いたんですよ。
その人たちが、パートパートの
ディレクションをとりまとめていったんです。
糸井 『ゼルダ』くらい大規模になると、
どんどん仕事が進めば進むほど、
自分の目の前だけを近視眼的に見るようになるから、
遠くから、全体を見ている人が大事になりますね。
それは、宮本さんがやっぱり、
全体を見る人になってたの?
宮本 いや、なってないと思う(笑)。
糸井 (笑)じゃあ誰なんですか!
宮本 今度は最後まで
わからへんかったんちゃうかな?
サブイベント・パートとか
アクション・イベント・パートとか、
シナリオ・パートとか、
持ち寄り弁当みたいに、
プロデューサーが4人か5人ついてて、
あるところは締めに行くし、
あるところはほぐしに行きました。
現場がやり過ぎるのを止めたり、
まとめたり……。
糸井 それ、すごいねー。
宮本 プロデューサーは、
ディレクションもするけど、
ほとんど、お目付け役みたいなものです。
糸井 僕、こないだゲームのさわりを
「ほぼ日」で中継実況させていただいたときに、
マニュアルに載ってる、
スタッフの一覧表を見たんです。
何人いるかっていうのはね、
100人になろうが1,000人になろうが、
あんまり興味がなかったんだけど、
何かものすごく、
いままでと違うものを感じたんですよ。
で、僕が気がついたのはですね、これなんですよ。
「デザイン・マネージャー」!
聞いたことなかったんですよ。
つまり、デザインに
マネージメントっていう概念って、
なかったんです。
今まで、デザインだったら
ディレクションですよね。
アート・ディレクションになりますよね。
だけど今度のゼルダは「マネージャー」なんです。
それがどういうことなのかな? って
ゲームをするまでわからなかった。
それが、ゲームをしていると、
‥‥わかってくるんだよね!
宮本 各自が作るんですよね。
ただ、時間内に作るとか、
ある仕組みの中で作るとかが
必要になりますよね。
カラーを統一するだけだと、
ディレクションでいいんでしょうけども、
品質をある水準に上げるみたいなとこでは
けっこう、マネージメントに近いとこが
あったんです。
デザイン・マネージャーの彼らはね、
結局リード・アーティストなんですよ。
いちばん最初の基本の敵であるとか、
いちばん最初の基本の人物みたいなのは
彼らが作ってるんですね。
それも、作りに作り込んで、
1体を半年かかって作ったとか、
他のプロデューサーが聞いて呆れるような
時間をかけて(笑)つくった、
原形がいくつかあるんですね
糸井 はああああ!
宮本 それを、ぜんぶ半年かけてると
10年かかるので、
そのカラーを残しながら、
その周辺のものを何体作るか、
っていうようなところで、はじめて……。
糸井 ひな形の、手を入れる水準だとか、
そういうものは全部、
最初に作ったもので、
あとは、君たちが増やせっていうわけ。
宮本 そうですね。だから、
最初の1年っていうのが、
そのパイロット版を作る時間だったんです。
彼ら「1年半でつくった」って言ったでしょう?
それは、その次の1年半で、
パイロット版から本制作が
1年半ってことなんです。
スタッフの人数も多分、
ひな形をあげるとこまでは、
20人弱でやってるんですけど、
そっから後は、40人、60人、80人、
最後は・・・?っていう感じで(笑)、
膨らみましたね。
糸井 そうか、まずいったん、
2分割してるわけだ、時間を。

宮本 うん、ほんとにこの体制で
作るのかどうかっていう
判断をするところまで、
やっぱり、やってみないとわかんないですし、
僕も自由にやってもらうので、
やった結果がダメなときは、
最後までいけないですから。
ま、その中間のチェックがあって、
そこで、「どうです?」って言われて。
どれか言わなあかんですよ。
ま、3つ、
「止めよう」と
「直そう」と
「行け」という、3つ。
それしかないんで(笑)。
糸井 信号機みたいですね(笑)。
宮本 そうそう。
どうですか? って言われるので、
ちょっと、一晩ぐらいせめて考えさせてよ、
って(笑)言うんですけど、
だいたいウチ即決なんですよね。
糸井 即決できやすいですか?
宮本 んー……。
糸井 「あかん」もあるんですか? いっぱい。
宮本 うん、「あかん」はね、あります。
「あかん」は、
頭動いてないなっていう感じがするものは
「あかん」です。
考えてない、とか、
その人が出てないとかいうのは、
も、全部、「あかん」か
「しょうがないなー」なんですよ。
ゲームをつくるっていうのは……。
糸井 「しょうがない」は「あかん」の意味なのね?
宮本 いや、でも、このプロジェクトは
これで行こうか、って。
ここじゃなくても、
頑張れるパートがあるからね、
ともかく始めようって(笑)。
それが「しょうがない」ですね。
けど、それは、人に言うだけじゃなくて、
自分の仕事でもそうなんですよ、やっぱり。
糸井 ありますね。ただ、それは、
ほんとうにしょうがないときには
GOだけど、基本的には、
やっちゃいけないって思いながらも
やるんですよね。

話が戻りますが、
1年っていうところに、
今のコンセプトのほとんどは、
まずは入ってたんですか?
最初の1年の中に?
宮本 ……そうですね。入ってた、と思う。
糸井 はは〜。それは昔と同じ?
宮本 そうですね。
磨いたら良くなるっていう
原形が入ってたっていう感じかなぁ?
それ、わりと、昔から一緒です。
ダメと思いながら、
ゴール近くまで行って、
やっぱりダメよね、っていうので、
急場の手を打つプロジェクトもあるし、
もともと良くなるはずやけども、
どぉも良くならないけど、
きっと良くなるはずやっていうことで、
作り続けて、それで最後の方に、
噛みあってくるっていうのもあります。
糸井 昔、宮本さんがおっしゃっていたんです。
「仕様書とかっていうのは、
 僕は、書きますけど、
 実際に動かしてみないと、
 わかんないことがあって、
 そっから見えてくるものがあるから、
 とにかくいっぱいやってみるんです。
 そういうふうに作ってるから、
 ウチはややこしいんですわー」って(笑)。
宮本 うん。
糸井 よそが仕様書を完ぺきにつくってから
ゲームを作りはじめる、という時代に、
任天堂の作り方はとにかく、
とりかかってみて直してく、
っていうことが多かった。
でも、今の話だと、こんどのゼルダ、
1部、2部に分けるっていうのは、
もうすでに違ってますよね、そんときとね。
宮本 そうですね。やっぱり、ひとつには、
作るものがすごくでかい、っていうことと、
「ゼルダ」って、だいたい
どういうものかっていうひな型があるので、
そこは迷わないってことがあります。
また「ゼルダ」ですか? って
言われてもいいから作ろう(笑)、
っていうことでやってるので。
糸井 うんうんうん。そーか!
どういうゲームが欲しいかっていう、
「ゼルダ」っていうところは、
軸はずらさなくていいわけだ。
宮本 はい。そうですね。
いつも月並みに言うてるけど、
小っちゃい子がだんだん
力強く逞しく育っていく、
っていうので、
今回は青年パートはナシね、
っていうことぐらいしか
決まってないわけですよ。
けど、これがピクミンとかになると、
いったいこのゲームの目的は何にするんだ?
っていう、
その目的が間違ってるんじゃないか、
みたいなことを、
途中から言いだしたりとかするわけでしょ?
糸井 うん、うん。
宮本 だから、そういう意味では
ものすごく、今回の進め方がやりやすい。
糸井 そうか。その、連作になっている
シリーズものっていうのは、
名字があって名前を決めてくゲーム、
の作り方だね。
宮本 あ、そう、ですね。
もう、名字は決まってる。
糸井 宮本家のヨシコちゃんとか。
宮本 うん。けど、今回は
ヨシコちゃんじゃイヤだよね、っていう。
糸井 (笑)。
宮本 やっぱり英語でも使える名前にしたい、
みたいなところでずっと悩んでる。
糸井 ジョニーみたいな、な。
宮本 うん、そうそう(笑)。
そこを延々と
やってたっていう感じですよね。
だから、最初に、あの、絵が出てきたときが、
第1回目の賭けで、
どうしようか?っていう感じで‥‥。

糸井 おおおお。そのお話も、
もちろんお聞きしたいんですけど、
まず、その前の段階を教えてほしいんです。
「ゼルダ」っていうのは、
次を作ることが決まってるゲームですよね。
とすると、まず何が決まるんですか?
作るんだ、っていうのが
決まる日があるんですか?
宮本 今回はね、技術的には
「時のオカリナ」のポーティングといって、
「オカリナ」をキューブでもっと
快適に動かすっていうシステム班がありました。
それがゲームの実務の部分。
クリエイティブっていう意味では、
端的に言えばムービーですよね。
実際にゲームをしていると思われる
絵を作ってみようと──、
糸井 もうちょっとさかのぼると、
人集めからはじまる?
あいつだよ、みたいな。
宮本 おお、そこまでさかのぼるの?
そうですね。それは、
「ムジュラの仮面」のときから決めてました。
糸井 次はおまえだぞ、と。
宮本 うん。「オカリナ」終わって、
「ムジュラ」を作ったチームっていうのは、
もうキューブ・ゼルダを作る
チームだったんですよ。
だから、まず1年間で、前のものを使って、
ぜんぶ自分たちで作るっていう
プロジェクトをやったんです。
できるだけプロデューサーのかまない、
自分らの責任で作るっていうのをやって。
その次はこんど、全体のを
もういっぺん作るっていうことですね。
糸井 そうか、「ムジュラ」の中に今の原形が……。
宮本 そうですね、メンバーの構成は、もうほとんど。
糸井 宮本さんが「スターフォックス」の
第一作をつくったとき、
イギリスのチームと組んで、
ポリゴンのゲームをつくりましたよね。
あれを1本作ったおかげで、
その後の3Dへの開発への布石となりましたよね。
宮本 そうですね。スーパーファミコンで
スーパーFXチップっていうのを使って作って。
糸井 僕はあのゲーム、純粋にゲームとしてだけでない
意味を感じていたんですよ。それは、
あとでポリゴンに全部なるっていう時代への、
布石を打っておきたい、っていうことで、
チームを育ててくためのゲームでもあった、
と思ったんです。
それができる任天堂の包容力と、
絶対にあれをやろうって思ってる
作ったチームとのバランス、
すごいな! と思ったのを覚えてますよ。
宮本 やっぱり、ソフトの流れでは、
今食べるメシの種っていうのと、
将来に向けて、こういう人を
育てておかなあかん、っていうのが、
僕なりには計画あるんですよ。
消費型のプロジェクトと育成型のプロジェクト。
それはだから、自分が、やっぱり、
自分ではできひんので、どうしよう、
っていうことで、はじめてやるんですけどね。
べつに人を育てようとか思ってるわけやない、
もともと。
糸井 今の九重親方は
千代の富士だったときに、
3年先のためにシコを踏むのと、
明日の相撲のためにシコを踏むのと、
両方しなきゃいけないんだって言ってました。
だから、横綱になる人は、
このままだと3年先にダメになる、
だからやらなくちゃっていう練習を、
みんなの練習が終わった後にやる人たちだ、
っていう言い方をしてたけど、そっくりだよね。
──「ムジュラ」やってたときに、
って話にまた戻るんですけど、
そこでは特に、何か今じゃない、
次の時代の何かっていうのが
検討されるわけだ?
宮本 そのときに、プランニングの
勉強をするんです。
どうしても前作で
デザイナーとして関わったとか、
アーティストとして関わった人って、
次は壮大なものを書き始めるんですよね。
さらにその上を、
続きを書こうとするんですよ。
で、そうじゃなくて、
やっぱり、商品って
1コずつ設計されてるものなんで、
次のパッケージの骨組みを考えるのが
プランニングですよ。
けど、どうしても、
デザイン系の人たちは、
そうならないんです。
だから「ムジュラ」のときも、
いったんその続きを作ろうとするのを、
無理矢理止めて(笑)。
構造の作り直しをやる、
っていうのをやったんですよ。
で、それが出来上がったことで、
あ、こういう作り方でも、
物は作れるんだっていうことが、
彼らにわかったと思うので、
じゃあ次はもう少し好きに作ったら?
っていう。だから、その経験は
すごい役に立ってると思うんですけどね。
たぶん、それやってないと、
収集つかなくて
終わらなかったと思うんですけど。
いろんな手伝いが入ったにしろ、
「風のタクト」まとめきれましたから。

糸井 壮大になろうとするっていうのは、
宮本さん、ずーっとゲームを作る人と
つきあってきて、必ずそうやな(笑)、
って思ってたわけね。
宮本 うん。そうですね。
勘違いするでしょ?
あの、褒めてもらうと、
人間って勘違いするもんで(笑)。
糸井 つまり、芥川賞取ったやつが
ノーベル賞のことを言いだすみたいな。
宮本 ああ、そうね(笑)。
褒めてもらうと、
褒めてもらったとこは
ぜんぶ自分が頑張ったって思う、
じゃないですか?
でも冷静に聞いてると、
褒め言葉っていうのは、
半分ぐらいが勘違いです。
あの裏技すごかったですよね、
って言われたけど、作り手は、
意図していないことかもしれない。
じゃ、その人が何でそれを
褒める気になったかっていうと、
褒めたいと思ったから、ですよね。
糸井 その通りだ。
宮本 褒めたいと思ってから、
どこを褒めようか? って探すわけですよ。
糸井 うん、まず好きになるわけですよね。
宮本 ですよね。で、そこで拾われたものを、
その作品の核になるって思うのは、
ちょっと乱暴ですよね。
けど、どうしても、
特に人のものを褒めたときって、
その作品の核はそこにあったって
自分は思うんですよね。
後ろめたいことは、忘れてね。
糸井 後ろめたい(笑)。
宮本 それが、だんだんと、ちやほやされると、
冷静さを欠いて、俺はすごかった、
とか思うから(笑)。
だから、僕、いつも、スタッフに……
今回「ゼルダ」でね、
「制作スタッフ以外のみんなに見せる前に
 反省会をやろう」っていうのを(笑)、
けっこううるさいオヤジとして、言ってました。
やっぱり、人の評価が出てからやと、ぶれるから。
糸井 うん、うん、ぶれる。
宮本 いま、自分がそれを
どう見てるかっていうのは、
ちゃんと整理をしておいて、
それから人の意見を聞こうよって。
RPG系のものとか、今のゲームって、
映像の良かった部分であるとか、
壮大なストーリーが良かったとか
どこが心に残ったかっていうのを、
みんな言うわけですよね。
けど、心に残るのは、
それが原因で残るわけじゃなくて、
なんか別のフックで残るんで。
それを、探ろうっていうのが、
いちばん基本なんですね。
だから、その部分がある企画と
ない企画、それがあるかないかが
「あかん」と思うか「ええと思う」かの
判断基準になるんです。
それを雑にクリエイティブの量って
呼んでいるのかもわからないし。
糸井 わかるわかるわかる。
初めてだね、そんな話聞くの。
宮本 それをコンセプトと呼んだりするんだね。
それを人に喋れるようにしようって
言った時点で、コンセプトになるんです。
それが喋れへんと、ディレクターとしては、
みんなに伝えられへんし。
糸井 やってくうちに、
喋れるようになるっていうことって、
出てきてますね。
黙って仕上げる職人さんみたいなタイプの人は、
どんどん減ってるね。
宮本 あー、そうですかね。
糸井

このあいだの制作スタッフの座談会、
みんな、ちゃんと自分の言葉で
しゃべっていましたよね。
野球選手なんかもそうだけど、
昔はああじゃなかったよね、
「あの、僕が言うことは
 間違ってないでしょうか?」
みたいな、感じで喋ってたものね。
自分のやっていることを
言葉で人に伝えられるというのは、
だいじなんです。
他の仕事でも、
多分そうだと思うんですよ。
アメリカから映画が配給される寸前に、
キャンペーンで役者が来るでしょう。
そうすると、その映画の見どころだとか
なんだとかをさ、その人なりに、
うまいこと言うじゃないですか。
冗談を混ぜながら、この映画はこうだ、
っていうようなことを言う。
あれ、日本の俳優さんだとさ、
毎日大変だったでしょ? 大変でした、
みたいな話に、なりますよね。
で、どっちかって言ったら、
外国の人たちの鍛え方に近いものが、
ゲームや、クリエイティブの世界で
増えてきてんだろうなと思うんですよ。

宮本 今度やっぱり、チームの中で、
喋るってことでコミュニケーションを
とってるので、終わった段階で、
メインのディレクターとかがもう、
それについて語れる状態になってた、
と思うんですね。
モニターとってはじめて
整理がついて喋ってることもあると思うけども。
それが、僕が中心にいて
みんなを説得しながら作る体制から、
僕のことも説得せなあかん
立場の人がいる体制になった。
ずいぶんと5年ほど前と比べるとね、進みました。
糸井 宮本さん自身も、そういうことの説明が、
やっぱり、進歩してるんでしょうね、
きっとね。
観察記録をつけられる力っていうかさ、
朝顔の観察記録でも、何ミリ伸びた、
だけで書いてたって、面白くないわけで。
ツボミだったのがどのぐらい開いただとか、
絵を足してみたとか。
小学校でも習うようなことが、
つい自分の仕事だと、
できちゃったからできちゃった、
理由は説明できません、
ってなるじゃないですか。
それが、他の商売の世界でも
きっとそうだと思うけど、
言語化できないままに、
停滞するっていうことありますよね。
それが、今の話聞いてると、
すごい、みんなができるように
なってるんだな、と思ったな。
(つづきます)

いきなり長い序章でしたが、
一気にお届けしました。
次回は、さらにディープな
「クリエイティブ論」へと突入します。
どうぞお楽しみに!

撮影協力:
THE RIVER ORIENTAL KYOTO
http://plandosee.co.jp/tro/

この座談会は、鴨川沿いの大きなレストラン
「ザ・リバー・オリエンタル・キョウト」で
収録されました。
昭和初期の巨大な木造建築は、
もともと豪奢な割烹旅館「鮒鶴」だったもの。
アジアのリゾートふうのしつらいを加味し
レストラン、バー、パーティールーム、
結婚式もできる教会などをもつ施設に
生まれ変わりました。

京都市下京区木屋町通り松原上ル美濃屋町180
Tel. 075-351-8541
Fax. 075-351-5688
阪急河原町駅より徒歩6分、
京阪五条駅より徒歩3分、
JR京都駅からタクシーで約10分

営業時間:
ブライダル 10:00〜20:00
レストラン 17:30〜23:00
バー 21:30〜03:00
2002-12-20-FRI