NAGATA
怪録テレコマン!
hiromixの次に、
永田ソフトの時代が来るか来ないか?!

第24回 デンタル・クリスマス

いよいよ年の瀬であって、
今世紀も残りあとわずかである。

わけてもクリスマスともなると、
店は混むわ、鈴は鳴るわ、男女は待ち合わせるわで
街はえらいことになっている。

僕はというと、
何か年末特有のおもしろおかしい場面を録音できないものかと
日々テレコを抱えながら虎視眈々とチャンスを狙っていた。

ところがそういうときってダメなのである。
何かが起こりそうなときほど何も起こらない。
なんだかんだで1年近くこの連載を続けてきたけれど、
スイッチを押す体勢ができているときに
スイッチが押されるということはほとんどない。

そんなわけで僕は録音機会に恵まれないまま
年賀状を印刷会社に納品するために
クリスマスの街を歩いていた。

そしたら前歯が取れた。

おいおい勘弁してくれよ、と僕は泣きそうになってしまった。
なんだってクリスマスに華やぐ街の真ん中で
前歯が抜けなくてはならないのだろう。
しかも僕はチューイング・キャンデーを嘗めてただけなんだぜ。
さらに言うなら、この前歯は先月挿したばかりじゃないか。

なんだかもう最悪である。

僕は抜けた前歯をハンカチに包み、
印刷会社でフゴフゴと挨拶して納品を済ませると、
電車に飛び乗って歯医者へ行くことにした。

幸い歯医者は空いていてすぐに診てもらえることになったけれど、
そんなことで気分は晴れはしない。
やけくそになって僕はテレコのスイッチを入れ、
診察台の傍らの上着に入れたまま回しっぱなしにしておいた。

デンタル・クリスマスとはこのことである。

テープは僕が診察台に横たわって
暗い気分で先生が来るのを待っている場面から始まる。
まず聞こえてくるのは院内に流れるクラシック音楽だ。
なんだって歯医者の音楽はいつもクラシックなんだろう。

歯医者 永田さんお待たせしました。どうされました?
永田 キャンデー嘗めてたら取れちゃったんですよ。
歯医者 キャンデー嘗めてたら? 
ポロッといっちゃった?
永田 ええ。
「ポロッといっちゃった?」じゃないだろう。
イヤんなっちゃうなあ。

ところでこの先生は年輩の女の人で、
勝手な印象から言うと
失礼ながらとても名医とは思えない。
しょっちゅう手にした器具をぽろぽろ落とすし、
マスク越しの声も聞き取りにくい。
なんだか歯医者というより保健室の先生みたいだ。

それでなぜ僕がここの歯医者を利用しているかというと、
混んでいないということもあるけれど、
なんだかこの先生、どこか憎めない感じなのである。

僕は先月挿した歯がすぐに抜けてしまったということに
多少不条理なものを感じていたのだけれど、
このおっとりした先生のおっとりした診察を受けていたら
どうでもよくなってしまった。
歯医者 痛くはないですか?
永田 ええ。
治療が始まる。
どこかを削る音。
いやあな音。
同時にバキュームも始まった。
ずずずずずもおおおおおおおお。
きゅしゅうううぼおおおおおお。

おっとりした歯医者さんは
ときどき看護婦さんに指示を出している。
看護婦さんはいつもひとりしかいなくて、
これまた勝手な印象から言うと
看護婦さんもまたおっとりしている。
僕は密かにこのふたりは親子ではないかとにらんでいる。

きしゅううううううううしゃしゃしゃっ。
ういいいんういいいんういいいいん。

ちゅううううん、ちゅうううううん。
しゃしゃしゃしゃっ。
歯医者 はい、うがいします。
うがいする音。
意外と念入りにうがいしているな、僕は。
歯医者 タイマーとってくれるかな。
看護婦 はい。
どうやら抜けた歯は心棒というか、
柱の部分からそのまま抜けていたので、
大した手間もなく元通りになるらしい。
要するに抜けたものをそのまま挿せばいいわけだ。

削る音。
バキューム。
おそらく口を開けて目をつぶっている僕。
歯医者 噛んでください。
・・・かちん。
歯医者 開けてください。
・・・ぱかっ。
歯医者 噛んでください。
・・・かちん。
歯医者 もうちょっと削りますね。
あんまりかちんかちんなると、
噛み合わせ悪くなる原因になるんで。
短いほう取ってくれる?
看護婦 はい。
そしてついに僕の歯はしかるべき位置へ固定される。
元の鞘に収まるとはこのことである。
歯医者 はい終わりました。
ウイイイインと診察台が起きる音。
うがいする僕。
やはり念入りにうがいする僕。
看護婦 鏡お持ちしましょうか。
永田 あ、はい。
まるで髪を切ったあとのように
手鏡で自分の前歯をチェックする僕。
といっても「気に入らないから変えてくれ」と
いうわけにはいかないのだろうけれど。

僕は上着と荷物を手にして
会計を済ませるべく出口へ向かう。
そこで、おっとり先生に一応質問してみたりする。
永田 原因とかはなんなんですか?
歯医者 まあそういうこともたまにあるんですよね。
永田 はあ・・・たまに。
歯医者 柱が短い歯ですから、
そういうこともあるんですよね。
永田 はあ・・・そういうこともある、と。
ええと、じゃあ気をつけてもしょうがないですよね。
歯医者 まあ堅いものを噛むときに気をつけるとか。
永田 でもキャンデーですよ?
歯医者 ・・・まあそうなんですけど。
永田 ・・・ありがとうございました。
看護婦 140円です。
永田 940円?
看護婦 ひゃくよんじゅうえんです。
永田 あ、ひゃくよんじゅうえんか。
なんだか歯医者って、同じようにいろいろいじり回すくせに
すごく安かったりすごく高かったりしてわけがわからない。
140円ってどういう仕組みなんだろう。
そんなんじゃコーヒー1杯飲めやしないじゃんか。

などと思いながら僕は、おっとり歯医者を後にする。
たぶんまた歯がおかしくなったら僕はここにくるのだろう。
決して人には薦めない歯医者だけれど、
不思議と僕はここが嫌いじゃないのだ。

エレベーターを下りると
街は相も変わらずクリスマスだった。

メリー・クリスマス。

2000/12/25  三軒茶屋

2000-12-29-FRI

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