キャンバスの上の宇宙。

第2回 あなた自身がコスモス。

──
あの「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」という
作品を目の前にしたとき、
椅子などの家具デザインで有名な
チャールズ・イームズの
『パワーズ・オブ・テン』という動画のことを、
なんとなく、思い出しました。
ハルシャ
ああ、なるほど。
──
イームズのつくった動画は、
宇宙の彼方と人間の体内を往復する内容ですが、
ようするに
「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」に、
「ミクロとマクロ」ということを感じたんです。
ハルシャ
はい、それについて少し話しますと、
幼かったころには、
それこそ、地球の自分がここにいて、
はるか彼方にある、
とてつもなく大きなものが宇宙なんだと、
そういうふうに思っていたんです。
──
対立的に捉えていた。
ハルシャ
でも、
アーティストとして実践を重ねてくると、
「宇宙というのは
 じつは、自分の中にあるんじゃないか」
と、思うようになりました。
──
その「自分の中にある」という部分を、
もうちょっと具体的に‥‥。
ハルシャ
コスモスが中にある‥‥言い換えれば、
あなた自身がコスモスだ、という感じかな。
ミクロとマクロが一体、という感覚。
──
その考え方は、なんとなくですが、
ハルシャさんの作品に通底していますね。

展示風景:森美術館、2017年

ハルシャ
わたしたちは、朝、目覚めて、
お腹が空いていたら朝ごはんを食べたり、
嫌な目にあったら怒ったり、
太陽の光のもとで、
じつに、さまざまなことをしていますね。
──
ええ。
ハルシャ
逆に、太陽がすっかり沈んで夜になったら、
あたりは暗くなるから、
昼間のように忙しなくバタバタするより、
夢を見たりだとか、
空想にふけったりする大切な時間が訪れる。
われわれ人間は、かように、
太陽や星から、圧倒的に強い影響を受けて、
この人生を、生きています。
──
もともと、ぼくらが来たところでもあるし。
宇宙って、昔むかしの歴史を振り返れば。
ハルシャ
翻って、そんな大きな宇宙にくらべたら、
ひとりの人間なんて、
ほんのちっぽけな存在だと感じますけど、
そのちいさなひとりひとりの行いは、
とても壮大な意味を持っていたりします。
すくなくとも、
その人と、その人の周囲の人にとっては。
宇宙とは何か、という問題にくらべても、
引けをとらないほど、大きな意味を。
──
たしかに、そうかもしれないです。
ハルシャ
大きさというのは、だから、
つねに、相対的な概念だと思うんですね。
どっちが大きくてどっちがちいさいとか、
どっちが中でどっちが外かなんて、
そんなに簡単には言えないと思うんです。
──
哲学的です。
ハルシャ
先ほど「歴史」という言葉が出ましたけど、
それだって同じことだと、わたしは思う。
1万年前のできごとも、先週のできごとも、
「たったいま」のできことでさえも、
「いま」が過ぎてしまえば、
等しく「歴史」になってしまうんですから。
──
そういう宇宙観、時間の捉え方って、
ハルシャさんの描く絵やつくる作品などに、
どことなく、漂っていると感じます。
ハルシャ
それは、そうかもしれませんね。
でも、じつはわたしは、両親の意向で、
もともとは
科学を勉強するための学校に入ってるんです。
──
それは、高等的な学校ですか?
ハルシャ
大学です。しかし、見事に落第したわたしは、
気づくと美術大学へ移っていました。
それは、「生命」や「生きる」ということや、
「宇宙」や「世界」を考えるということに、
非常に興味があったからです。
だから科学より、アートの道を選んだんです。

──
生命とか、生きる‥‥とか、宇宙とか。
ハルシャ
はい、つまり「Science of Life」です。
生きることを科学する‥‥と言いますか、
そのためには、純粋な科学よりも、
わたしには、
方法としてアートのほうが性に合ってました。
──
では「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」も、
「生きることを科学する」、
そういう気持ちで、描いたものなのですか?
ハルシャ
絵を描くこと自体については、
じつは、うまく答えられないことが多いです。
少なくとも「理由」はわからない。
特に、あんな大きな作品を描いた理由‥‥は。
──
そうなんですか。
ハルシャ
思うに、あの巨大な絵は、
ある意味で、非常に「無残」だと思うんです。
──
無残?
ハルシャ
哀しい‥‥といいますか。
だって、あれほどまでに大きな絵なんか、
誰の家にも飾れないし、
「いったい何のための存在?」って、
誰しもが、思うようなものだと思うんですよ。
──
そう言われれば‥‥たしかに。
ハルシャ
でも、描かずにはいられなかったんです。
わたしは、あの作品を、描かずには。
なぜ描くかという理由がわかって描いてたら、
アートにならないということも、ありますし。
──
「何かの説明」では、ないから。
ハルシャ
そうです、「設計図」とは違うものです。

──
絵の構造にしても、
「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」という
タイトルにしても、
「輪廻」をイメージさせこそすれ、
「輪廻」の「説明図」ではないですものね。
ハルシャ
あるとき「一筆書き」をして遊んでいたら、
あの絵に似たような形が、うまれたんです。
で、「あ、いいな」と思って、
それをもとに描いたのが、あの絵なんです。
輪廻に見えるって言うけど、
形自体は「たまたま」できたものなんです。
──
ハルシャさんの絵に感じる「宇宙観」って、
インド的思考とか
何か宗教的な感覚から生まれたのかなあと、
勝手に思っていたんですが‥‥。
ハルシャ
それより、子どものころの思い出のほうが、
影響を与えているかもしれないです。
──
思い出。それは、どのような?
ハルシャ
インドの家の屋上には貯水タンクがあって、
その上で寝てたんですよ、毎晩。
──
へえ。
ハルシャ
毎晩毎晩、空の星を見ながら寝ていました。
だって部屋の中は蒸し暑いし、
何より、そっちのほうが素敵な体験だから。
──
それは、一体感を感じちゃうかも。宇宙と。
ハルシャ
あのときの思い出の影響が、
わたしの作品には、あるのかもしれません。

<つづきます>

2017-05-23-TUE