キャンバスの上の宇宙。

第1回 宇宙は、シンプル。

──
「縦3メートル65センチ8ミリ、
横24メートル7センチ9ミリ」という
巨大な絵画作品
「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」をはじめ、
ハルシャさんの作品には「宇宙」を感じます。
ハルシャ
はい。

《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》 2013年 
アクリル、キャンバス、ターポリン 365.8×2,407.9cm

展示風景:森美術館、2017年

《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》(部分)

──
そこで、ハルシャさんにとっての宇宙って、
どういうものか、聞きたくなりました。
ハルシャ
そうですか。
──
というのも、とぐろを巻いた大蛇のような、
あまり見たことのない
「宇宙」のイメージだったにもかかわらず、
「あ、なんか宇宙っぽい」と思ったんです。
何となく「輪廻」みたいなイメージですし。
ハルシャ
なるほど。
──
まあ、「宇宙っぽい」と言っても、
ハルシャさんの作品は「アート」ですから、
科学的な図版とは違いますが‥‥。
ハルシャ
ただ、アーティストであろうとなかろうと、
人間というのは、多くの場合、
科学的なアプローチをとりたがるものです。
──
はい、なるほど。
ハルシャ
宇宙のことを知りたいと思ったら、
わたしたち人間は、
あたまの中で、あれこれと考えながら、
大きなシャトルを建造して、
宇宙空間まで飛んで行ったりしますね。
つまり、宇宙というものを
非常に実際的、プラクティカルな方法で、
まずは、知ろうとする。

──
ええ。
ハルシャ
わたし自身も例外でなく、
最新の宇宙技術の動向に興味があります。
NASA(米航空宇宙局)のインスタを
フォローしていたり‥‥。
──
あ、ぼくもしてます(笑)。
ハルシャ
あ、本当? あれ、おもしろいですよね。
他にも『New Scientist』をはじめとした
科学雑誌も購読していますし、
宇宙研究や開発に関する
ウェブサイト、ブログ、何でもかんでも‥‥。
──
すみません、インスタグラムはともかく、
科学雑誌に書いてある事柄って、
あたりまえですけど、
最新の科学的な記事ばっかり、ですよね。
読んで‥‥内容が、わかるんですか?
ハルシャ
物理学者の友だちがいて、
教えてもらうように、しているんですよ。
──
そもそもなんですが、
ハルシャさんは、どうして宇宙に興味を?
ハルシャ
まず、紀元前2000年くらいに書かれた
最初のインドのテキストって、
「われわれ人間は、
どのようにして『宇宙』を理解するか」
に関するものなんです。
──
いちばんはじめの文書が、宇宙のこと。
ハルシャ
結局、人間が人間の存在に向き合うならば、
「宇宙」に行き着くと思います。
一般的な話をすれば、それが、ひとつです。

──
なるほど。
ハルシャ
わたしの個人的な話をすれば、
この間も、オーストラリアへ行ったときに、
「ヒッグス粒子」について、
たくさんの科学者たちがワアワア集まって、
細かいことを、議論していました。
──
たしかに「細かいこと」でしょうね(笑)。
ハルシャ
目に見えない物体について、
世界で何千、何万人もの数の科学者たちが、
ああでもないこうでもないって、
カンカンガクガクの論じ合いをしてるわけ。
──
そのことが、おもしろい?
ハルシャ
おもしろいですね、とっても。
他方で、そこらへんを歩いていて、
何人かの人が集まってワイワイしていても、
それはそれで、気になるんです。
──
そうなんですか。
ヒッグス粒子を囲んで‥‥というわけでも、
ないでしょうけど。
ハルシャ
そう、おばさんたちが、ただ集まって、
世間話をしているだけかもしれません。
それでも、何かの人だかりができていたら、
同じように
「いったい何があるんだ?」って覗きたい。
──
宇宙のエキスパートたちの集まりと、
道端の井戸端会議とが、同じように。
ハルシャ
ようするに、そのことに限りませんが、
わたしの感覚では、
どちらの集団も「同一のもの」というか、
「格」としては
「同じヒエラルキー上」にあるんです。
宇宙というと、
とかく壮大なものと思われていますけれど、
わたしは、わたしたちの日常生活も、
同じくらい壮大なものだと、感じています。

展示風景:森美術館、2017年

──
それが、ハルシャさんの宇宙観。
ハルシャ
大きく言えば、わたしは、いつでも、
日常生活の中に「宇宙」を見ています。
で、そのことは「逆も然り」です。
──
それって、インド的な考えなのでしょうか。
ハルシャ
関係ないと思います。
──
特別、インド的ではない?
ハルシャ
そう思ったことはありません。
わたしはそう考えるってだけ。
──
ひとつ、宇宙について言うと、
「なんとなく、怖い」という気持ちが、
みんなに、あると思うんです。
ハルシャ
フィアー(恐怖)?
──
はい。つまり、空気はありませんし、
慣れ親しんだ物理法則は通用しない、
そんなところに取り残されたら恐ろしい、
そもそも、何がいるかもわからない‥‥。
ハルシャ
じつは、今回の出品作品の中に
「恐れの詩学」といういうタイトルの作品が
あるんです。
──
恐れの詩学? どれだろう‥‥。
ハルシャ
この作品です。
ここに描かれているのは「神さま」で、
罪人に罰を下す神、
お金の神、力の神、死の神、恐怖の神。

──
ええ。
ハルシャ
ようするに、この絵にあるのは
「アートによる恐怖のイメージ」ですが、
その他にも、わたしたち人間は、
ある事柄や感情を「わかろう」として、
さまざまな理解の枠組を、考案しました。
──
宗教、科学技術、アート‥‥とか。
ハルシャ
そう、「恐怖」を精神分析的に捉えると‥‥
だったりとか、
仏教的なものの見方で「恐怖」は‥‥とか。
──
ええ。
ハルシャ
さまざまなレイヤーがあると思いますけど、
人間にとって、根源的には、
「恐怖は恐怖」ですよね、ただシンプルに。
──
ええと、いろんな装飾を取り払ったあとの、
裸の感情としての、恐怖?
ハルシャ
その感情に対し、どのような見方をして、
どのような意味づけをして、
どのような態度をとり、
どのように描写するかが、違うだけでね。
だから、それとまったく同じように、
わたしにとっては
「宇宙」は「宇宙でしかない」んですよ。
──
宗教的な意味合いだとか、
科学的な知識で考えたときの恐怖などは、
ぼくらが後から、
宇宙に対して「付け足したもの」だ、と。
ハルシャ
とにかく、本来、「宇宙」というものは、
一般に考えられているより、
ずっとシンプルなものだと思っています。

<つづきます>

2017-05-22 MON