──
こちらも象牙の作品ですか?
村田
ええ、作品名は「柴売」、つまり
「柴刈りのおじいさん」を象ったもので、
一見、何でもないようですが‥‥。

信之《柴売》 
写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

──
今度は、どのような謎が。
村田
実は‥‥この「柴」の部分、
枝の形に削った象牙を刺し込んだのでなく、
ひとかたまりの象牙を、
彫刻刀で、この形に彫り出しているんです。
junaida
えっ‥‥ええええっ!
──
つまり「一体」ってことですか。ひえー。
村田
とんでもないことを、やっています。
junaida
いやあ‥‥‥‥ビックリしました。
これは、絶対に、
木の枝を1本ずつ象牙でつくっては、
刺したんだと思ってました。
村田
ちがうんです。
──
仮に一本ずつつくって刺してたって
すごい細密さですけど‥‥、
「明治の超絶技巧」というものは、
ここまで、おそろしいものでしたか。
junaida
狂気すら感じますね。
村田
ははは(笑)。

──
あの、こういうレベルの工芸品って、
村田さんが参加されるオークションには、
けっこう、頻繁に出るんでしょうか。
村田
ここまでのレベルのものは、めったに。
出たとしても、
ニューヨーク、あるいはロンドンでしか、
お目にかかれません。
──
その2箇所が、すごいんですか。
村田
ええ、ニューヨークとロンドンそれぞれ、
春と秋の2回ずつ、
大きな日本美術オークションがあります。
このレベルの作品に出会えるチャンスは、
つまり、年に4回。
──
日本の明治期の工芸品って、
海外でも、やっぱり人気が高いんですか。
村田
日本でまとまった数を収集しているのは、
わたしくらいなもので、
むしろ海外の人たちのほうが熱心ですよ。
たとえばネッド・ジョンソンさんという
アメリカの著名な投資家は、
非常にいいものを、たくさんお持ちだし。
junaida
海外の人に人気って、わかる気がする。
村田
最近はロシアの人や中国の人、
産油国のカタールの人なんかも、
ずいぶん明治工芸をお買いになりますね。
──
じゃあ、村田さんのライバルが
どんどん、増えてきてる‥‥と。
村田
そうなんです、だんだんと。

今は世界中からネットで入札できますし。
さて、これは木の彫刻なんですけれども、
いわゆる「根付」と言いまして、
さまざまな提げ物‥‥
巾着や印籠、煙草入なんかを、
腰の帯から提げるために、
ある種のストッパーとして使われたもの。
──
へえ、かわいいですね。
junaida
ピーナッツとか、かわいいですね。

大内玉藻《落花生》 
写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
このピーナッツ、振ると音がするんです。

つまり、中に「実」が入ってるんです。
──
え‥‥それは、どうやって?
村田
具体的な方法はわかっていないのですが、
殻に入った割れ目は細く、
でも、中のピーナッツの実は大きいので、
おそらくですが、
特殊な彫刻刀をこしらえて、
少しずつ、少しずつ、
外から中の実を彫っていったとしか‥‥
考えられないんです。
junaida
ええー! ‥‥すごい。
──
見た目はかわいいけど、
技術は、ぜんぜん、かわいくないです。
村田
特殊な彫刻刀を差し込んで、
少しずつ、少しずつ、削っていったと。
同じようなピーナッツの根付を
つくっていた人に
森田藻己がいるのですが、
その人は、
一日中彫刻刀を研いでいたそうです。
──
そうなんですか。でも「一日中」って。

何かと極端な人が多くないですか。
村田
そうやって日がな彫刻刀を研ぐことで、
刃の先端を極限まで鋭くし、
わずかな力で
実を削れるようにしたんだと思います。
振るとコトコト、見事な音がしますよ。
──
じゃ、もしかして、この蓮の実も‥‥。
村田
ぜんぶ動くようになっていますよ、種。
──
やっぱりですか!

村田
こちらの場合は、種の部分を、
氷か何かで冷やして少しだけ縮ませて、
木槌で穴にポンと叩き込み、
種が常温に戻ったら、大きさも戻って、
もう落ちなくなるという。
junaida
はあー‥‥。
──
ちなみに、下世話な話で恐縮ですけど、
こういった作品は、どういうお値段で?
村田
どうでしょう、高いものですと、
オークションで3000万円くらいかな。
──
3000まん‥‥えん!?
村田
5月のロンドンでも、
2500万で落とされた根付があったし。
──
値段も、まったく、かわいくない‥‥。
村田
このコーナーに展示されている根付は、
先ほどの森田藻己‥‥
明治の終わりから大正にかけて活躍した
名工中の名工、
根付の歴史の頂点に君臨する森田藻己と、
そのグループの作品。
──
グループ?
村田
大内玉藻だとか大内藻水だとか、
みんな、名前に「藻」がついているので、
欧米では「So School(藻スクール)」
と呼ばれている、
非常に細密な作品で有名な人たちです。
junaida
さっきのピーナッツの根付、
落花生の徳用袋とかに紛れ込んでいても、
絶対にわかんないですよね。
この栗も‥‥本物にしか見えないし。

森田藻己《栗》 
写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
そっくりですよね。
──
(栗だけに‥‥)
村田
森田藻己の作品は、とりわけ人気ですから、
「三番叟(さんばそう)」
という能の演目のモチーフの作品が出れば、
500万円くらいつくでしょう。
栗は、比較的たくさんつくっていますから、
200万円くらいでしょうかね。
junaida
蓮の葉の上で‥‥お相撲を取ってる。
村田
そうそう、仁王さんがね。

大内藻水 《餓鬼角力》 
写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

junaida
発想が、すごい。ファンタジー。
──
どこか、junaidaさんの絵の雰囲気にも、
通じるものがありそうな。
村田
かの高村光雲も
森田藻己の才能や作品を高く買っていて、
とくに「栗根付」を好み、
肌身離さず、身につけていたそうですよ。

<つづきます>

2017-09-07-THU