COOK
鈴木慶一くんと、
非時事放談「月光庵閑話」。

矢野顕子をほめる。(9)
あっこちゃんは、発明家である。

鈴木 ピアノ弾きながら歌うっていうのはね、
僕くらいだとすごく難しいことなんだよ。
ミスタッチしちゃうし。
でも、あっこちゃんくらい両方できれば、ひとりでも、
バンドでも、どっちでもいいだろうってことになるわけだ。
糸井 出前コンサートの形だよね。
鈴木 僕も、ひとりでやりだしたのは最近だよ。
ところがあっこちゃんははるか昔から
ひとりでやれているわけで、
そこは悔しいな、うらやましいなっていう感情が入る。
糸井 じゃあ、いま慶一くんがひとりで始めたのって、
根っこのところにはあっこちゃんの影響があるかも
しれないということか。
鈴木 あるかもね。
「出前」的なことだものね。
糸井 出前コンサートは、徳間ジャパンの会議室で
決まったんだよ。
鈴木 出前、って名前つけたの糸井さんだよね。
糸井 大都市以外をちゃんとやりたい、
というところから始まったんだけれども。
「あっこちゃん、ピアノさえあればいいわけ?」
って聞いたらさ、
「うん。調律してあればね」って言ったから、
「てことは、調律してあれば、どこでも行くんだ?」
ってことになって。
あのスタイルは、その後のミュージシャンに、
ずいぶん影響を与えているよね。
鈴木 影響、あると思うよ。
フォークシンガーは、もっと前から一人で
日本中を回っていたけどね。今でもそうだし。
エンケンや、遠藤ミチロウとか、ロックな人もずっと
前からやってるんだけど。
ふつうのコンサートって、大都市でバンドで行くとか、
ソロシンガーがバックバンドを従えて行くだとか、
そういうことじゃない?
それってシステム化していくよね。
そこから逸脱するには、ひとりでできなきゃ
いけないわけだよ。その能力が問われるわけだ。
あっこちゃんにはその能力がもともとあるんで、
「やれば?」ってことになるよね。ひとりも、バンドも、
両方を行ったり来たりできるわけでしょ。
外国のミュージシャンを使いながらライブをやることも
できるし、ひとりでもできるし。かといって、
「じゃあ、ひとりのほうがいいんじゃないの?」
ってことでも、ないんだよ。
糸井 両方楽しんでいるよね。
鈴木 そこは、僕もすごくやりたいな、っていう気持ちがある。
野田 それをいろんな人に説明するときに、
「矢野さんの出前コンサートみたいなこと」
って言うと、すごく話が早いんですよ。
ひとりで、身ひとつで行って、っていう。
糸井 そういうコンサートが、お客さんにとって
何が嬉しいかというと、
“より、その人が出る”
っていう期待ができることだよね。
鈴木 よりその人が出るし、ディテールが見える。
細かい所が見えるよね。
糸井 ごまかしがきかないしな。
鈴木 もちろん途中で間違えちゃったりもするんだけど、
「また初めからやればいいや」ってね。
でも、その根性も、たいへんなんだけどね。
あっこちゃんのピアノの弾き方ってあるじゃない?
僕はほとんどギターでやるんだけれど、
ピアノを弾くとき、結構影響があるんだよ。
あんなに“間”はないけれども、強弱の付け方とか、
間奏で高いところにポロロロン、って行くとか。
糸井 それはあっこちゃんも無意識にやっていることじゃなくて、
明らかに「発見」して、それを定着させて、
「発明」にしてますよね。
天然の人じゃないんだ、ってことを、
みんな理解しなくちゃ、一生わからないよね。
鈴木 それじゃあ、いつ発明したんだろうか?
というところを考えるとね……。
糸井 たどれば、たどれるだろうね。
鈴木 もとはバンドをやっていたわけじゃない?
「ザリバ」だっけ。
そこから、ジャズの人との交流もあり、
ティン・パン・アレーもあり……。
ちょっと詳細な歴史はわからないけれど、
そのうち僕らとつきあいができて、
しまいにはアグネス・チャンのツアーバンドに
参加してもらうことになっちゃうわけで……。
それもやれちゃうんだよね。器が大きいから。
糸井 『ひとつだけ』っていう不朽の名作は、
もとはアグネス・チャンへの提供曲でしょう。
いい歌だもんなあ……。
やっぱり、ほめるつもりで集まったけど、
ほめるしかないなあ。
あ、でも、いっこだけキライなのは、
タバコを絶対吸わせないことだな。
鈴木 それはもう、歴史に残る大事件がありましたよ。
ライダーズの『ニットキャップマン』で
コーラスをしてもらうとき、
「タバコはダメですよ」
ってどんべえ(矢野さんのマネージャー)に言われたんだ。
こっちはオトコの意地を張ろう、ってことで
朝から吸うのをやめた。絶対にああいう人は、
ちょっとでも吸ったらわかるから、
朝から吸うのをやめようぜ、って。
で、みんなでアメなめてんの。ずっと(笑)。
糸井 (笑)。
野田 禁煙パイポとか買ってきたりして。
糸井 妙に意識して(笑)。
鈴木 でも吸いたくなるんだよ。で、外に行くの。
駐車場にイスを置いて、そこで吸うんだ。
糸井さんはそのレコーディングが終わったころに
スタジオに来たよね。
その時はみんなもガンガン吸ってたよね。
糸井 すぐ終わってたんだよね。俺が行くぞって行ったら、
あっという間に終わっちゃってたんだよ。
鈴木 2テイクか3テイクで終わったんだ。
あれは、『火の玉ボーイ』の時を思い出しましたね。
糸井 嵐のように去っていったんだよね。
野田 スタジオに来るなり、ラーメンを食べはじめたんですよ。
あたし、それで「スゴイ人だ!」って思って。
「矢野さんがラーメン食べてる!」
と思ったら感動しちゃった。
糸井 『ラーメン食べたい』って曲があるでしょうが(笑)。
野田 ライダーズのスタジオに
「やあやあ!」って来て、いきなり
「お湯あるかなあ?」ですよ!?
「う〜ん、矢野さんステキ!」って、思いますよ!
糸井 なんでそんなのでステキなんだよ! トクしてるよなあ。
俺らだってラーメンくらい喰ってるよなあ。
ずるいよなあ。そんなの今だってできるよ。
野田 いえ、あたしはもう本当に感動しました。
鈴木 なんで??
野田 あたしの中では矢野さん、神格化されてるから。
最初からタバコ吸わないっていう前段階もあるし、
「いつ来るんだろう?」
ってドキドキしてて。それで、いらしたら、
「みんな、元気ぃ〜〜??」
って、なんか、神々しいんです。
「慶一! やあ、岡田くん!」、それでいきなり
「お湯あるかなあ?」ですよ? 
すごい自分のペースですよね。
でも私は神格化しているんで、いいなあ、って。
それでラーメン食べ始めたのを見ているわけですよ。
“矢野顕子がラーメン食べ始めているのを見ている私”
ってスゴイ! って思いました。
一応、冷静にスタッフ然としているんですけど、
心の中ではキャアキャア言ってました。
鈴木 それ、ジァンジァンのリハのときも言ってたよね。
野田 「ラーメンとってる!」って。
鈴木 リハの途中でラーメンとギョウザの出前を取ったんだ。
「なんで?」って聞いたら、
「いやあ、こういうもの食べたくってしょうがないの。
 アメリカから来ると、カツ丼とかのどんぶりもの
 食べたくってしょうがないのよ。食べない?」
って言われたんだよね。俺も腹減ってるのに、
「ん? いいや……」って、なんだかわかんないけど
断ったりして。
野田 神々しいお方ですよね。
糸井 でもそういう人は他にもいるでしょう?
野田 でも日本では……。
糸井 でも別の世界に行ったら、
「慶一さんがラーメン食べてた!」
ってことだってあるわけじゃない?
鈴木 でもかなりカジュアルだからなあ、俺。
糸井 いや、いないことはないと思うんだ。
「気さくなかたなんですね」
って小さい声で言われちゃうようなさ。
言われてトクな人って多いよね。
俺ら、何してても、当たり前なんだもんなあ。
「腹減ったんだろうなあ」
って思われておしまいなんだよ。
もうちょっとなんかあるだろうに……(笑)。
矢野、トクしてるなあ。

1999-10-01-FRI

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