モノポリーエッセイ

第5回 デ・ジャ・ヴ

こんにちは。
大昔のルービックキューブ関西チャンピオン(僭称)の
百田です。(汗)

さて、モノポリー大会には出ること叶わぬ私ですが、
同じ体験を以前にもしていたのです。
もう20年も昔になりますが、ルービックキューブ
(発売元ツクダオリジナル)が爆発的に売れた頃です。
発売と同時にルービックキューブの魅力にとりつかれ、
寝ても覚めても研究と練習という生活で
ちょっとは腕に自信のあった私ですが、
発売元の人間ですから
大会に出るわけにはいかなかったのです。

毎週日曜日にはデパートに「キューブのうまい人」として
駆り出され、演技を見せたり、色紙に無理やり
「ルービックキューブ関西チャンピオン」と、
ウソの肩書きを書かされたりしていました。
かつて将棋の世界で、東京主導型で
関根名人が誕生した際、それに反発して関西名人を
僭称させられた阪田三吉翁の無念さが
私にも理解できました(ちょっと大袈裟)。

熱狂的なブームの中、
第1回のルービックキューブ日本選手権が行なわれ、
その当時高校2年生の北島秀樹さんが優勝したという
新聞記事は今でも忘れられません(少し本当)。
ただ、その後、私が東京に来てから彼とは知り合いになり
モノポリーなどを一緒にプレイする間柄になっております。
(ゲーム業界ってせまいんですよ)

さて、そんなことがあったからではないのですが、
私は友人の誘いでツクダオリジナルから別の会社に
移ることになりました。(そのあと先日お話した
糸井さんの仕掛けたモノポリーブームが到来するのです)
しばらくしてモノポリーのライセンシーも
ツクダオリジナルからケナーパーカージャパンに
移りました。ここまで来ればどう見ても私は
モノポリー大会に出てもよさそうな雰囲気です。

時は1988年7月、日本選手権が行なわれました。
優勝者は日本代表として10月にロンドンで行なわれる
第8回の世界大会に行くことができるという
重要な大会です。
その年の5月に行なわれた第1回のモノポリー名人戦で
4位となった私は出場権を獲得していました
(これが実質的に私のデビュー戦でした)。

日本選手権のライバルは、
そのモノポリー名人戦を制覇した糸井さんを筆頭に、
強豪の田中瑞穂さん、「快楽モノポリー講座」の
著者でも知られる亀和田さんなど、
いずれ劣らぬツワモノ揃いです。
何とか勝って世界大会に行きたいと思っていた私ですが、
実は、ちょっと気がかりなことがあったのです。

(つづく)



モノポリーマスコットつき携帯電話用ストラップの
当選者発表です!


抽選で決まった5名の当選者のみなさんです。
ラッキーですねぇ。

高知県 筒井美砂さん
長崎県 山縣雅義さん
愛知県 土屋義住さん
新潟県 小林哲郎さん
山形県 安部勇人さん

賞品の発送のために少々お時間くださいね。
では、次回の更新をお楽しみに!

1999-07-30-FRI

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