ほぼ日・デリバリー版。

第86回 年末年始の「つかみ」メール。


※今日は、久しぶりに「つかみ」のおたよりとして、
 最近のメルマガ「デリバリー版」で扱われたものを、
 ご紹介しますね。気楽なものからホロリものまで‥‥。





・息子はオトナなことに憧れているのですが、
 どうやら、そのお手本はおじいちゃんのようです。
 食事の後にご飯の茶碗でお茶を飲む、
 バタートーストに塩をかける、楊枝を口にくわえる‥‥
 親から見たらやって欲しくないことがほとんどですが、
 息子の目にはこれらのことは、
 「オトナしかやってない、すごくカッコいいこと」
 に見えるらしいのです。
 何故そんなことに憧れるのか不思議に思う反面、
 次は何を言い出すのか、とても楽しみです。
 (ちい)



・こんばんは。
 私が最近とても感動した好きな言葉。
 それは、高校サッカーのポスターに書いてある
 小野伸二選手の言葉です。
 「何でサッカーをしているんだろう
  どうして苦しさに耐えているんだろう
  それはサッカーを愛しているから
  サッカーを心から楽しめているから
  君はどうだ
  サッカーが楽しいか」
 すごく心に沁みる言葉でした。
 私はどうだろう?仕事を好きだろうか?
 楽しんでいるだろうか?
 心から楽しいと思えることが最近あったかなあ。
 こんなに正々堂々と好きって言える何かを
 持ちたい!!と思いました!!
 (aco)



・成人式に行ってきました。
 夢に向かって頑張っているみんなから、
 たくさんパワーをもらいました。
 いつまでもこんな関係が続けばいいなぁ。
 同級会では、中学の頃から好きな人(片思い)とも
 楽しく会話をして、またいつでも会えるみたいに
 「バイバイ、またねー」と言って別れました。
 「ケータイのアドレスぐらい聞いておけばよかったなぁ」
 と、去年の夏、偶然、彼と会ったときに思ったように、
 また思っている私です。
 (ひまわり)



・「出来る女ともてる女は両立しないことが多いけど、
  しっかりした人間になってみます」
 というデリバリー版の19歳の方のメールを読んで、
 「なつかしいなあ、この感じ」と思いました。
 そんなの、思い過ごし、思い過ごし。
 30過ぎたら、できる女がもてるのです。
 できる人にね。
 誠実な人の周りに、誠実な人。
 温かい人の周りに、温かい人。
 あなたは、将来、どんな人に囲まれていたいですか?
 (みけ)



・私は小学校の図書館で働いています。
 ある日、1年生のやんちゃボウズが
 とてもきれいなグリーンのマフラーをまいていたので、
 それをさわろうとしたら、「さわるな!」と一言。
 「お母さんに編んでもらったの?」と聞くと、
 「ううん。となりの奥様に編んでもらったの」
 と返ってきました。オクサマって。
 きっとそう呼ぶようにしつけられているんだろうなぁ。
 寒い日に、ちょっとほのぼのしました。
 (みーこ)



・センター試験の日の朝の電車で、
 隣に座った受験生(男子2名)の会話がナイスでした。
 「今日おれんちの朝食、トンカツとコーヒーだった」
 「げっ。なんか、すごく胃腸に負担かかっとるな」
 「おう。でも、母の愛だからよぉー」
 ‥‥なんか、いいなぁ。
 わたしも、二年後受験の娘たちに食べさせようと思いました。
 (も)



・私の恩師の鉄夫先生は、ご自分の名前を教える時に
 「金・銀・銅の鉄です」と、いつも説明されていました。
 「鉄は金を失うと書く。
  でも、金・銀・銅より人の役に立つんや」とも‥‥。
 お亡くなりになった今も、思いだし笑いと
 人生の教訓として私の心に染みこんでします。
 (匿名のかた)



・年賀状に
 「去年はお世話になりました!来年もよろしく!」
 と書いてありました。
 (かもめ)



・校長先生が始業式でヘレンケラーの話をしていた。
 「えー、ヘレンケラーはタリバン先生がいたからこそ」
 え? タリバン?
 あまりに自然なので、みんな、なんとなく流してた。
 (いまい)
 


・高2の息子は、
 合唱コンクールで知りあった女の子に
 思い切って電話して住所と名前を聞き出して、
 「レンガのガだってよー♪」
 と鼻息も荒く念入りの年賀状を出したそうなんです。
 返ってきた千賀子さんからの文面は、賀状の礼を述べた後で、
 「私の名前は、瓦ではなくて賀です、念のため。
  お気持ちはありがたいですが、おつきあいはできません」
 ‥‥年賀の賀を煉瓦の瓦と聞きまつがえ、
 書きまつがえた正月早々の悲劇でした。
 (雁木亭)



・お正月に母と久しぶりに話していたら、
 耳の痛い「早く結婚しなさい話」に。
 「いい見合い話をもってきてもらったけど、
  どうせ、断るだろうと思ってねえ‥‥。
  でも今度は、FBIの人だったのよ!」
 IBMの間違いでした。FBIはナイスですよねぇ。
 (あ)



・近所の子供達を集めて絵画教室をしています。
 高学年のおませな女の子たちが、
 授業中にまわし読みするような手紙を、
 ヒソヒソしながら書いていました。
 「センセ、大丈夫のじょうぶは、どう書くん?」
 と聞くので
 「こうだよ、簡単な字でしょ。
  でも早く絵の具出してよね」と私。
 おやつ食べたり、私もふざけたりで教室が終わり
 「車に気を付けてねー、じゃねー」
 と自転車置き場で見送ると、Aちゃんが
 「センセ、これ。
  あたしらが見えなくなったら読んでな。
  今見たらいかん」
 さっき何やら書いてた紙きれを、
 私のポケットに押し込みました。
 「またブスな似顔絵でしょうが。んもう」
 「キャハハ、まだ見ていかんよお」「まだよー」
 皆が口々に言いながら、自転車を立ちこぎして、
 夕暮れの中へ消えて行きました。
 「先生〜おちこむなー!!
  シロは天国から見まもってくれてんだヨー。
  それに、この綾子様がついてるから大丈夫!」
 「せんせー、アイリーンがいないからってー、
  じゅんこがいるからだいじょうぶ
  しょうどしまの おみやげかってくるかもしれん 
  かってこんかもしれん」
 ああ、ありがとう。大丈夫のじょうぶの字は、
 コレだったのか‥‥。
 立て続けに、犬と猫を亡くしたセンセは、
 笑ってるけど、ホントは何時でも泣きたかったもん。
 皆も、教室を覗きに来る猫を可愛がってくれたし、
 犬のシロとは、春の桜、夏の探検、秋の落ち葉拾い、
 冬の神社の境内‥‥遠くまで一緒に散歩に行ったよね。
 シロも皆が大好きだったよ。
 だんだん衰弱していく2匹をずいぶん心配してくれて、
 真剣に容態を聞いてくれたっけ。
 シロが子犬の頃、過ごした神社の桜の樹の下へ、
 白い毛を埋めに行って、
 グシュグシュ泣きながら手を合わせてくれたよね。
 あれから、ちょっと日にちが経っていたから、
 センセは不意打ちを食らったけど‥‥アリガトウ。
 (かず)



・ロシアで4度目の冬を迎えることになりました。
 今年はより厳しい寒さで、
 日中マイナス20度以下という日々が続いてます。
 こんな寒さのまっただなか
 (昨日は温かで、マイナス15度くらいでしたが)、
 昨日、日本の小泉総理大臣がわがハバロフスクにやってきました!
 極東ロシアでしみじみ暮している私たちにとって
 とってもびっくり、とっても嬉しい小泉総理の訪問。
 「是非、歓迎の旗を振りたい!」
 と有志で総理が来ると思われる数カ所で、
 ちょっと凍えながらも旗をパタパタ振っておりました。

 すると、これが最後と旗を振っていた場所で、
 目の前で黒塗りの車がばばばっと停まりました。
 大勢人がドドッと出てきました。
 「ああ、しつこく旗を振りすぎたから怒られるのかしら」
 と小心者のわたしはドキドキしました‥‥。

 すると、小泉総理が出てきました。
 安倍副官房長官も出てきました。
 あまりの突然の出来事に呆然‥‥。
 総理の『一緒に写真撮ろうよ』の一声で、
 記念撮影会、握手会とあいなりました。

 興奮のあまり、総理が差し出した手に
 手袋をしたまま握手を返してしまいました。
 そんな総理は、帽子もマフラーも、手袋もしていず。
 今頃、風邪でも引かれてないかと心配しています。
 総理も、副官房長官もとっても気さくな方々と感じました。

 モスクワからの長旅の上、ご公務でお疲れだったと思いますが
 (モスクワからの旅は、同じ国なのに
  7時間の時差で、私はいつもへこたれます)
 総理っ!私達、感動しましたっーーー!
 ウラー―っ!(=万歳)
 厳しいハバの冬も、この感動でしばらく乗り切れそうです。
 (カーチャ)



・おはようございます!
 寒いなぁと思っていたら、
 今朝、東京は、ついに雪ですね!
 私は某コーヒーショップで、朝イチから働いているので、
 この時期は、まだまだ真っ暗なうちから出勤です。
 いつも、まゆげをかいてゆく余裕もないのですが、
 雪がほわほわと降り続けるのをみたり、
 誰の足跡もない道を歩けたり、
 なんだか嬉しくってメールしてみました。
 (奥)



・冬になって、ほぼ毎朝、
 スタバでコーヒーを購入してから
 会社に向かうようになりました。
 (会社に着くのはだいたい私がイチバンで、
  お湯が沸いていないのです‥‥温かい飲みもの必需)
 最近、ニューフェイスがそのお店に2人いて、
 たぶん私よりお姉さんだとお見受けするのですが
 笑顔も必死な感じで、
 「がんばれー!」って思いながら眺めています。
 こっちからいろいろバーッって言ってしまうと
 パニックになっちゃって大変そうだから、
 向こうからのお伺いを待って、コーヒーを待ちます。
 「お願いしまーす!トールモカー!」って、
 恥ずかしそうに伝えてるの見ると「ファイト」って思います。
 他人の私に、暖かい朝をありがとう。
 そして、知り合いでもないんだけど、大きくなれよー!
 (のり)



・今年はじめて
 冬型の気圧配置になったと聞いた日の夕方、
 私を追い抜いていった自転車。
 ふと見ると、保育園のお迎えらしいお父さんと、
 うしろには、荷台にちっちゃい女の子でした。
 女の子はお父さんのあったかそうなジャンパーにくるまれて、
 お父さんは近くの工場の作業服のままです。
 ときどきお父さんが、
 うしろを振り返りながら女の子に話かけて‥‥。
 最近おばあちゃんになったばかりの私には
 ちょっと、ジーンとくる風景でした。
 (ちーちゃん)



・寒いですねー。
 今夜は飲んで帰ってきたんですけど、
 街の温度計はマイナス6度でした。
 「ひゃー、寒い寒い!」と帰宅して、
 灯油ストーブのスイッチオンしてお風呂に入り、
 出る頃には部屋の中が暖まってるはずが、
 なんと灯油が切れてました!!
 やっちまった‥‥。
 今、部屋の中で、吐く息が白いです。
 パジャマの上にトレーナー(上下)、
 フリース(上下)、半纏を着てます。
 深夜なので灯油の配達もしてくれないし、
 今日はこのまま布団に入ります。
 明日の朝がどういうことになるのか、
 考えるのが恐い‥‥。
 (ぐるんぱ@札幌)



・80歳の私のおばあちゃんは、
 病院でお医者さんに
 「ご高齢なんですから気をつけて下さいね」
 と言われたらしく、家で
 「まだ高齢なんて言われる年じゃなか!」
 と怒っていました。おばあちゃんカワイイ。
 私も、25歳だけどキモチはハタチのままだもんなぁ。
 そんなおばあちゃんも、肺ガンで長くて半年と言われました。
 本人は知りません。
 今年のお正月は田舎に帰って
 みんなで楽しく過ごしたいと思います。
 (ぱん)



・先日のデリバリー版に載っていた
 仕事を一生懸命にやっている小学校教師の
 「はっしー」さんは、もしかしたら、
 私の去年の中学の担任ではないか?とかなり感じました。
 (今年、私のいた中学校から隣町の小学校に異動されました)
 といっても確証は何もないのですが、
 去年の先生の名前は橋爪先生といって、
 生徒に「はっしー」と呼ばれていました。
 先生は合理主義っぽい姿勢が常に前面にでていて、
 やっぱり数学の教師だよなぁと思ったりもしました。
 でも、実は結構マメにクラスに気を遣ってくれていて、
 生徒の様子もよく把握していたと思います。
 私の友人が問題を起こしたとき、
 その友人に向かって大声で怒鳴りつける先生がいました。
 人を叱るっていうのは、その相手に
 正しい方向へ行って欲しいから叱れるのであって、
 私はそこに先生の熱い教師魂を見ました。
 もしかしたら、どこか他の街の、
 違うはっしーさんかもしれないのだけれど、
 あのおたよりを橋爪先生に重ねると、目頭が熱くなります。
 「仕事は自己満足するため」とは
 言い切りがたいような気がしますが、
 がんばった結果には何でも自己満足はついてまわるものでしょうし、
 それに、先生のがんばり度に対する
 生徒のアンテナの感度は、予想以上に高いものです。
 まだ、労働を知らない16歳の戯れ言でした。
 (パム)



・2月に結婚するので、準備に追われています。
 先日招待状をを発送したら
 返信用はがきと一緒に、
 近所に住むおばあちゃんから手紙が届きました。
 おばあちゃんから手紙をもらうなど
 初めてのことだったのでちょっとびっくりしました。
 手紙にはおばあちゃんのちょっと読みずらい古い漢字で、
 「これから2人で手を取りあって
  嬉しいこと、悲しいこと乗り越えて欲しい。
  あなたがた2人の幸多かれと祈っています」
 というような内容が書かれていました。
 この結婚をおばあちゃんがどれほど
 喜んでくれていたのかいまさらながら実感しました。
 (匿名希望)



・保健室の先生をしています。
 高校3年生が保健室に来て「早退したい」。
 聞いてみると、
 彼女と喧嘩して、今、仲直りしないと
 絶対に戻れない瀬戸際なんだと、真剣に訴える。
 そりゃ行っておいで、と、
 「風邪」と書いた早退届を持たせた。
 話を聞くと、もうすでに彼女は
 愛想尽かしてるかもなぁとも思ったけど、
 とりあえず自分の思いを行動にうつせた実感が、
 人生1回でもあればその後の人生、
 ちょっとは違うんじゃないか、と思ったので。
 この時期、こんなことしてて
 ま、受験はかなり厳しいだろうとは思うけど。
 それも人生、なぁんて。
 (保健のセンセ)



・昨日、半年ぶりくらいに前の彼氏に会いました。
 その人の支えになるはずが、
 私が一方的にひどく傷つけてしまった恋でした。
 もう2人は会話もできないだろうと思っていたのに、
 今朝彼から突然「仲直りしよう」のメール。
 急いでおしゃれして待ち合わせの店に走る。
 震える声であいさつをして、そのまま
 よく2人で行ったお寺へ紅葉を見に行くことにした。
 始めは緊張した2人だったけど、
 色づく紅葉を見るうちに、友達のような会話をしてる。
 お互い違う道を歩み始めてるけど、
 なんか前とは違った優しい関係になれる気がした。
 (古)



・じいちゃんと私は、78歳違うんです。
 だから、彼にとって、私は
 「いつ別れてもおかしくない人」だったようです。
 私の生まれる前の年に、脳梗塞もやっていましたし。
 私が生まれたときには、本当に喜んでくれて、
 いつもいつも、散歩に同行させたそうです。
 そのせいか、私は34年前には
 珍しく日に焼けた赤ちゃんだったそうで、
 そのうちに皮がむけて痛がり出したので、
 じいちゃんには私の父から散歩禁止令が出てしまい、
 ひどくがっかりしたようです。

 私が成長して、小学生になると、
 ふたたび、一緒に散歩に行くようになりました。
 じいちゃんがいつも何か買ってくれたからです。
 そう、私は本当に悪い孫でした。
 いつもいつも、じいちゃんに何か買ってもらい、
 そのために一緒に散歩に行っていたようなものでした。

 ある冬の日、いつものように一緒に散歩に行ったのですが、
 私(小2)のペースにあわせて歩いたせいか、もしくは、
 急に暖かい部屋から外に、行ったせいかもしれません。
 なんと、じいちゃんが急に倒れてしまったのです。
 しかも、胸を押さえて。
 自分が医者である今なら、心筋梗塞か何かだろうから
 何とか病院へ行って‥‥など考えるんですが、
 当時はいかんせん小学生ですから、
 ただおろおろするばかりなんです。
 通行人もすごい集まって、「救急車!」ということになったとき、
 なんと、じいちゃんが立ち上がって、
 「いやいや。大丈夫です。絶対救急車なんて、呼ばんでください」
 といったのです。
 ただし、すでに80代ですからふらふらしていたのですが。
 そして、何事もなく散歩は続き、その一年後、
 じいちゃんは同じような冬の日に亡くなりました。

 つい最近、父母とじいちゃんの思い出を話していたのですが、
 なんと、二人はこのことをまったく知らなかったのです。
 救急車にしても、倒れた話にしても、
 きっと話したら、私が叱られると思ったのでしょう。
 寒くなってきたせいか、祖父のことを思い出しました。
 (さ)



・冬の日のお話を読んで、母を思い出しました。
 去年の2月、日曜日に大雪が降った日のことです。
 私は職業がSEなので、土日かまわず出勤していました。
 夜7時も過ぎて、雪がまだまだ激しく降ってきたのを
 窓から眺めながら、仕事をしていました。

 「電車止まってないか、聞いてみよう」
 と軽い気持ちで家に電話したら、誰も出ない。
 兄の携帯に電話しました。すると兄は、
 「落ち着いて聞けよ。お母さんが駅で倒れた。
  今、救急車でお父さんが付き添って病院に向かっている。
  お前はとりあえず、すぐ帰ってこい」
 と言いました。
 頭の中が雪のように真っ白になり、
 一歩も動けなくなりました。
 とにかく仕事を全て先輩にお願いして、帰途につきました。
 その日が峠だと言われて、一睡もできない長い夜でした。
 雪が降っていて、家中が不気味なほどしんと静まりかえり、
 兄と私は、じっと居間で犬をなでながら黙っていました。

 翌日、とりあえず面会はできることになり
 10分だけICUに入ることができました。
 そこには、管をたくさんつけられた母の横たわる姿。
 母は一生懸命「なに、そんな顔しているの」と笑ってみせたのです。
 ああ、生きてるんだなあと思った瞬間、涙が止まらなくなりました。
 ぎゅっと母の手をにぎって、
 温かさを感じ取るのが精一杯の10分間でした。
 部屋を出て、自動ドアが閉まる瞬間まで、
 隙間から母をじっと見詰めていました。

 母は心筋梗塞で体内の3分の1の血液を凝固させてしまい
 どうなるか分からなかったのですが、奇跡的に元気になりました。
 もう大丈夫だと分かった2週間後の夜、
 父が居間でブランデーを飲んでいました。
 そのブランデーは、父と母が結婚した時に買ったもので、
 「息子も娘も家を出て、二人だけになったら飲もうな」
 と大事にとっておいたお酒なのだそうです。
 母が倒れた翌日に栓を抜いたんだと。
 「このお酒を、今すぐ母さんに
  持っていかなくてはならないかもしれない、
  と思って、その時に栓を抜いたんだ。
  今こうして飲んで、ようやく味がわかったよ‥‥」

 母は今では退院し、特にリハビリもなく経過は良好で、
 普通の生活ができるほど回復しています。
 今年は私も結婚し、家を出てしまっているのですが、
 12月になり、寒さが日に日に増しているので、
 すぐに、実家に電話をしてしまいます。
 「おおげさねぇ」と、笑いながら言う母の声が聞きたくて。
 (イ)



・会社では経理の仕事をしています。
 はじめのうちは、お金の出入りを
 記録するだけじゃない仕事内容に、ちょっと疲れました。
 お金が出て行ったぶん、
 代わりに会社の備品が増えました、とか。
 「お金の管理ができていれば他に何が増えたっていいじゃん!」
 とイライラすることもあったのですが、
 何年かするとラクなものです。
 そのうちに、職業病みたいに、
 心にふしぎなクセがついているのに気づきました。
 ある日ちょっと恥ずかしい失敗をしてしまったとき、
 「これは話のネタとして入って来た物」
 とか、そういう「仕わけ」をしてしまうのです。
 先日、お付きあいをしている人とお別れしたのですが、
 泣きながら、
 「彼氏がいなくなったことによって私にもたらされるもの」
 が頭の中ではじき出されてきたのにはちょっとウケました。
 『ケータイを忘れて出かけてもはらはらしない!』
 『男友達と飲みに行っても怒られない!』
 『休みの日におもいっきり寝坊ができる!』
 『(彼に関する)心配を一切しなくても済む!』
 ‥‥それはそれはたくさんの「収入」があるのです。
 たった一人いなくなるだけなのに。
 そしてやっぱり寂しいのに。
 でも、今はそれらのおかげでけっこう楽しく過ごしています。
 この「収入」が全部なくなってもいい位すごい奴が現れたら、
 もっと楽しくなるのかしら?
 (キナコ)



・南アメリカはアマゾン在住・9か月目に入りました。
 プロペラが一つだけの11人乗り飛行機に乗った時のこと。
 定期便なのですがとても小さい飛行機です。
 操縦席と客席の間に仕切りはなくて、
 その日一番前に座った私にはパイロットの手元が丸見えでした。
 機械制御の安定飛行に入り、しばらくすると
 パイロットがリング綴じのノートのようなものを取り出しました。
 かなり真剣に読んでいます。ちょっと見ると英語。
 マニュアルと思い、好奇心からよく見ると英語のテキストでした。
 でも超初級。
 is not:isn't are not:aren't does not:doesn't
 などなどの表を、彼は真剣に見つめていました。
 パイロットするような人がそんなに英語わからないものなの?
 そして、私の町に着くまで二ヶ所の空港に止まり、
 私はその都度外に出て深呼吸をしていたのですが、
 パイロットをしていた彼が近くにきて、
 「自分は外国語を勉強するのが大好きだ。
  今のところ英語しか話せないが勉強は楽しい」
 と話しかけてきました‥‥え?
 ブラジル人(アマゾン人)の自己アピールの仕方には
 ある程度慣れたつもりでしたが、それなら私も
 プロフィールに、英語と中国語を加えてもいいのかもね。
 ちなみに、この会社のフライトはなかなか楽しく、
 飛行中にパイロットが操縦席に座らせてくれたりアメをくれたり、
 無線で地元FMを聞かせてくれたりするんですよー。
 (るんた)



・3年前に私の会社は、
 ヨーロッパの会社に吸収合併されました。
 とは言っても私の部署は、
 まったく変わりなく、顔ぶれも同じだった。
 まぁ、それが最悪なんですけどね。
 上司は、外人に自分のポストを奪われないように肩をいからせ、
 鼻息も荒く、部下に怒鳴り散らす。
 しかも、怒鳴る内容は、自分の感情のままに発せられる‥‥。
 そんな毎日で、ちょっと生意気な私は
 上司との反りが合わず、大激突しています。
 私の説明を聞きもしないでいきなり怒鳴りつけることが
 何回か続いたある日、もう我慢も限界と、
 社長(外人)さんにメールをうちました。
 「もっと、管理職の教育をしっかりとしてくれ!」と。
 社長は、私の顔も知らなければ、名前も初めて聞くに違いない。
 けれども、真剣に話を聞いてくれて、
 改善していこうと言ってくれました。
 そして、びっくりしたことに、ある日、
 社長が私の働いている事務所に見回りにきたんです。
 社長はみんなの働きぶりをみた後、社長室へと帰って行き、
 その直後、なんと私宛に社長からのメールが届きました。
 「あなたがどんな所で働いているのか見に行きました」
 ‥‥多くの社員の中のたった一人の社員のことを気にしてくれる。
 私は、本当に感動しました。
 職場では、日本語が通じる人たちばかりなのに、
 誰も話を真剣に聞いてくれません。
 しかし、外人のしかも社長が
 ちっぽけな存在の私の話を真剣に聞いてくれた。
 尊敬してしまいました。
 (匿名希望)

デリバリー版への激励や感想などは、
メールの表題に「ほぼ日デリバリー版」と書いて
postman@1101.comに送ってください。

2003-01-21-TUE

HOME
戻る