第5回 体重、重心、肩幅

糸井 宮本さんが『Wii Fit』をつくるとき、
いちばん最初に大きな旗印として
決めていたことはなんだったんですか。
やっぱり「健康」ですか。

宮本 ええと、そうですね。
こういう広報的な場所では、
「健康をテーマにしました」と答えて
間違いないと思うんですけどね。
糸井 もっと違うテーマが?
宮本 いえ、違うわけじゃないんですけど、
「健康」っていうのは漠然としてるでしょう?
実際に、開発の現場でそれをテーマにすると
最終的に、まとまらないと思うんですよ。

糸井 なるほど、なるほど。
宮本 だから「健康をテーマにする」というのは
ウソではないんですけど、
あくまでも表向きのコメントで、
現実的なテーマがなんだったかというと
「体重を量る」なんですよ。
糸井 あーー、そうですか。
宮本 絶対にやろうとしていたのはそこです。
「体重を量る」というところに
なにかおもしろいことはないか、という。
で、「体重を量る」ということは
絶対に健康につながるという確信はあるので、
商品としては「健康がテーマ」といってもいい。

糸井 うん、うん。
宮本 けど、ぼくがつくるものは、
あくまでも「体重を量る」もの。
糸井 いや、その話は、とてもよくわかる。
宮本 ええ、糸井さんにはわかってもらえるので
そこまで言ったほうがいいと思って。
糸井 つまり、はじめから「健康」がテーマだと、
その人との関係が出ないじゃないですか。
宮本 そう。そうなんですよね。
糸井 「大豆を食べたほうが体にいいのよ?」って
誰かに言われるのと同じようなことだからね。
ところが「体重を量る」からはじめると
「あなた」とのトータルな関係がはじまる。
宮本 はい。
糸井 じゃあ、もう、体重計というか
あのバランスWiiボードの開発というのも
最初から決まっていたわけですね。
宮本 決まってたんですけど、
「体重を量るだけでおもしろいのか」というのも
開発当初からずっと言われていたことで。

糸井 ああ、そうでしょうね(笑)。
宮本 やっぱり、周囲からは
「体重だけじゃおもしろくならないだろう」
という声も出てくるわけです。
まあ、それはたしかにそうかもしれない。
で、あるとき体重計をふたつ組み込んで、
左右のバランスを測定できるようにした。
そこではじめて「あ、遊べる」ってなったんです。
糸井 体重以外の軸ができたんですね。
宮本 そうですね。左右にバランスをとれるだけで、
けっこうな遊びがつくれるぞ、と。
まず、その上に乗ったときに、
自分の体重の何パーセントがどっちにかかってるか
というのを数字で表す仕組みをつくったんです。
で、自分で乗ってみたら、測定以前に、
自分の重心がなかなか定まらないんですよ。
静止しているつもりでも、ふらふら動いてしまう。
測定の精度を高くすると、ぜんぜん止まらない。
で、「ちょっと待って、ちょっと待って」と言って
動かないように集中しているあいだに、
だんだんヨガをやってるような気分になってきて。

糸井 (笑)
宮本 こう、呼吸を整えて、目を半眼にして‥‥
っていうふうにして時間をかけてやると、
ようやく重心が止まって測定がはじまるんですね。
でも「止まった!」って思うと
もうドキドキして、また動き出してしまう。
これだけでもおもしろいな、とか言って。
糸井 それはもう、「禅」ですね。
宮本 そうそう。「禅の世界やね」と言ってたんです。
雑念が入ると、もうダメですから。
で、そこから発展して、センサーを4つに増やして
前後にも測定できるようにしたんです。
そうするともう、カーソルなんかも
ぐいぐい動かせるようになる。
「じゃあ、スキーはつくれるはず」とか、
「フラフープはどうだろう」とか、
「綱渡りもできる」という感じで、
どんどん広がっていったんです。
糸井 「体重を量る」からはじまって、
センサーの数を増やしたというのが、
大きなポイントになったんですね。
宮本 そうですね。
あともうひとつ、大きなポイントがあって、
それは、スポーツジムのトレーナーに取材して
いろんなトレーニングをビデオに撮ったときに
わかったことだったんですけど、
やっぱり、トレーニングの基本姿勢というのは
「肩幅で立つ」ことなんですよ。
糸井 ほう。
宮本 いろんなトレーニングを
できるようにしようとすると、
やっぱり、狭い体重計の上ではできないんです。
なにをするにしても肩幅で立ってないと難しい。
たとえば、腕立て伏せをするときにも
やっぱり肩幅くらいのスペースが必要なんですよ。
そういうことがわかったときに、
「もう体重計から離れて、
 新しいインターフェイスにしよう」
ということになったんです。

糸井 それまでは、もっと小さかったんだ。
宮本 もうちょっと小さかったんです。丸かったし、
右と左も、もっとはっきり分かれてたんです。
それを、いまのボードの形に決めてからは、
ザーッといろんなことが決まっていきましたね。
糸井 そこまでどのくらいかかってるんですか。
宮本 1年か、1年半ぐらいですかね。
糸井 はーーー。



(続きます)
2008-01-31-THU