Yeah!Yeah!Yeah!
マイクロソフトの
古川会長がやってきた。

12

糸井 古川さんの気分っていうのは、いまも、
「麻布」(麻布中学・高等学校)にあるんですね。
古川 ん……ま、そうでしょうね。
糸井 またふきこぼれちゃってるじゃないですか。
ビジネス社会から。
ふきこぼれた部分の泡みたいに見えるけど、
実はそのこぼれた部分に、別の開拓地があるみたいな。
古川 それは思うところ大きいですね。
ていうのはね、たまたまラスベガスで放送関係のショー
(展示会:NAB)があって、
6人の人と食事をしていたんですね。
TBSから来た人も、電通から来た人もいるんだけど、
みんな、会社を代表しているわけではなくて、
個人としての魅力がある人たちだった。
こいつら、色濃いやつらだなあ、と思って、
「中学とか高校でなにやってたの?」
と訊いたら、6人のうち4人が同窓だったんですよ(笑)。
糸井 安部譲二だの橋本龍太郎だのが出てくるみたいな。
古川 小沢昭一さんもそうですね。
糸井 山下洋輔さんもそうですよ。
古川 山下洋輔さんはね、学園祭の時にいつも呼んで、
弾いてもらうと調律ガタガタになっちゃたり。
僕の2つ下には、ユーミンの音楽総監督やってる
武部さんとか。
不思議なのは、慶応だとか青山だとか、
そういうところに行った子たちというのは、
ブランドとしての学校が先行してたり、
行った先が東大だとか早稲田だとかいうところが
「先にありき」だったりね。
糸井 肩書きが先で、それから名前、ですもんね。
古川 それから、何々県の生まれだったり、どこそこの企業に
就職してますってことを前面に出したりする人が多い中で、
麻布の人間っていうのはね、久しぶりに会っても、
どこか別の場所でポッと会っても、
企業に対する帰属心だとかを看板にしていない、
そういうやつらが多いですね。
みんな、いろんな組織に帰属していながら。
銀行にいったやつも、商社にいったやつもいるんだけど。
糸井 そういえば山口昌男さんも先生してたんですよね。
麻布のね。
僕、「生まれ変わったら山下洋輔になりたい」って
昔っから言ってるんです。
近くで見ててね、あんなにうらやましい人生、
ないですよね。
本当にカッコイイと思うなあ。
本人なりに悩みもあるんでしょうけど(笑)。
前ね、トイレでオシッコしながら、
「生まれ変わったら山下さんになりたいと思うんですよ」
って本人に言ったら、
「やめなさいよ」
って(笑)。いつもふざけてるじゃないですか。
……そうかぁ、古川さん、「麻布」の子なんだ……。
氏育ち、ってよく言うけど、「麻布」の子なんですよね。
古川 ピアノっていう道具を使いながら、
たとえば、ラッパとドラムのかけあいのなかで、
お互いスピード感を持ちながら、
ぶつかりあっているという、その道具が
たまたまピアノだったから、
山下さんはそこで自己表現をしているんですよね。
僕は別に、絵が描けるわけでもなし、
音楽が作れるわけでもなし、
たまたま自分の出会った楽器が「パソコン」であり、
それが自己表現の道具だったのかな、と思う。
たとえばプロデュースして大儲けしたいだとか、
レコードのレーベル持ちたいだとか、
何百万枚売れること自体が成功している物差しだ、
ってこととは違うところで、自分の生き様を
音楽を通じて表現してますよね、あの人たちって。
やっぱりそういう子なのかな、「麻布の子」って。
それってヘンですよねえ。
糸井 ヘンですよねえ。治んないもんですよね。
いや、改めて聞くと不思議なくらいだけど、
高校って、幼児期の教育が済んでる子が
入る学校じゃないですか。
なのに、ふるさと感覚があるのって、すごいですよ。
古川 ふるさとって言ってもね、なんだろう、
……学校に対するロイヤリティとかブランドって
ほとんどないですよ。
糸井 そうじゃあないんですよねえ。
古川 じゃあ何かって言うと、人生ナメてかかるきっかけを、
その場で作らせてもらったというか。
どのくらいナメてかかってたかっていうと、
たとえば、出席日数足りなくなりますよね。
やっぱり、麻布十番にパチンコに行っちゃったら。
それこそ、銀座の「JUNK」にジャズ聴きに
行っちゃったりとか。
そうするとね、普通の学校の場合は代返を頼むとか、
あとでマジメに授業に出るってことで
出席日数を取り返すわけでしょう。
僕らの場合はね、学期末になると、
出席簿が焼却炉にくべられてしまう(笑)。
そういうことで自ら解決してたんですね。
糸井 誰か悪いやつがいるわけですねー。
古川 燃やす!
「先生! まちがって、燃やしちゃいました!」
ってね。
糸井 ルールから疑われている(笑)。
古川 たとえば、ちょっとオシオキしたいようなタイプの
教師がいると、その教師の乗ってきたスバルの
1300ccの中型車を、体育館に立て掛けちゃったり
するんです。みんなで持ち上げて、立て掛けちゃう(笑)。
糸井 アメリカですね、なんか。
古川 もうほんとに寄り掛かってるみたいでしたよ。
糸井 写真、見たかったですねえ。ないかな?
古川 スズムシの刑、とかって言ってね、
シュラフに人を入れて脚をしばって、
それをロープで中庭につるしちゃうとか。
糸井 うーん、ギリギリ、やってますねえ。
古川 フーコーの振子ってあるじゃないですか。
1時間たつと地軸が傾いて、地球の自転が立証される。
あれ、どうせやるんだったら金属球じゃなくて
人でやろうってことで。
糸井 やるんだったら人でやろう?
古川 1時間たって、ああ、やっぱり向きが変わってるって。
糸井 ……(笑)。
古川 今日誕生日のやつがいるよって。
そのまま体ごと持ち上げて、斜めにして、
制服着たまま黒板ふきのかわりにしたりして。
人間黒板ふき。
秘書 いやぁ!
古川 いまのいじめとか、完全に超越してますよ。
糸井 つまり、やる側がやられる側といつでもひっくり返る、
ていう可能性があるわけでしょ?
その平らさが面白いわけですよね。
いや僕は、前のカミさんのいるところが麻布のすぐそばで、
あのへんはよく知ってるんですけど、
ホンットに、ちょうどよく悪そうなやつが
あのへんいつも歩いてますよ。いまでも。
もうね、「加減」なの。
悪いって言っても、いざとなったら話せばわかる、
っていうような感じの悪そうなやつが、
ウロウロウロウロ、してますよ。
古川 また演じ方がうまいものだから、
「制服をやめましょう」
って運動したときにもね、どうアピールしたら効果的かな
と考えて、やっぱり、メディアを使おう、と。
ロックアウトしているときに、僕は広報担当だったから……
糸井 広報担当!
古川 ウン。それでね、写真を撮っては各新聞に持っていったり。
そういうことをしながら、テレビ出演も効果的だよね、
って当時の『小川宏ショー』に出演したりね。
高校の紛争はどうだ! みたいな特別番組とか。
それで、どうせテレビに出るんだったら、
それなりにイメージをよくしよう、って、
制服着てこう、って。みんなこんな(肩まで)
髪の毛長いのに、それを束ねて、
制服の襟の内側に入れ込んで、
「僕らはこうして制服を着てきましたけれど、
 自分たちを本当に信じてくれるんだったら、
 これを着る自由と脱ぐ自由の両方が、
 僕らは欲しいんです」
って、お涙ちょうだいな演出をしてね。
糸井 やるなあ!
古川 メディアってのは動かせばこっちの勝ちだな、って(笑)。
それで、山下洋輔さんとか、なだ・いなださんとかに
杉野講堂あたりに来てもらって、
学校は封鎖しても「自主授業」をやるんですよ。
「僕らには学びたいという意識が、あるんです!」
「これを続けていくほか、ないんです」
だって(笑)。
父兄にも、自分たちが自主授業をやって、
こういう成果を挙げているのを見ていただきたい、
と言って父兄会をやるんですよ。
自主授業を継続するために寄付を、なんて呼びかけて
そのお金で六本木に飲みに行ったりして。
もう時効ですよね。
糸井 高校の学園紛争って、
戦う能力が残っていながら敵はいない、
というところで「ウオーッ!」ってなる、
そういうイメージで見てたんですよ。
それが、そうとも限らないんですね。
そのまんま、ですね。
古川 ただ、これもまた事実なのは、
いま、自分たちがたまたま勝たせてもらっているのは、
これから先100個出てくるなかの、まだ10個くらい
なんじゃないのかなあ。
残りの90個については、まだ勝負がついていないってこと
たくさんあるでしょうね。

(つづく)

1999-11-11-THU

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