Yeah!Yeah!Yeah!
マイクロソフトの
古川会長がやってきた。

10

古川 ビル・ゲイツって、記憶力のお化けみたいな
ところがあるんです。
「そんなマジメに思い詰めて考えないでくれよ」
っていうまで、全部とにかく一瞬にして思い出す。
これはお話したかもしれないけれど、
ウチに就職した子が、以前は、とある会社に勤めていた。
その上司をビル・ゲイツが知っていたものだから、
「松田さんは、いまでもキュウリつくってる?
 ナスは?」
って聞いたんですよ。その人は家庭菜園が趣味だと。
そうしたら、「えっ!? なんですか?」って。
10年勤めた人間でさえ、自分のボスの趣味を
知らなかったりするんですよ。
普通だったら、ビル・ゲイツのような人はきっと、
いままでのイメージだと、
「あ、そう、ヨロシクね!」
って言って終わりだろう、と思われているところを、
共通の話題を見いだしながら、それでどうだったの、
それに関しては僕はこういうことを知ってるんだ、って、
たたみかけるわけです。5秒か10秒の間にね。
パソコンの機種がどうだとかいう話をして盛り上がって、
そこで「松田さん」という名前を彼が出すと
相手はウッと詰まる。一本、取るんですよ。
技術的なオタク、だけじゃなくて、そういうことに対し、
記憶力と、絶えず、人と会うときに、聞いておしまいに
するだけじゃなくて、それに対してどれだけ
記憶にとどめておくかということ。
それに対してどれだけ痛みとか喜びを感じているのか、
ということを、絶えず考えているんです。
糸井 ビル・ゲイツのそういう側面って、
ぜんぜん僕らのところには届かないですよね。
古川 9月1日号の『NEWSWEEK』で少しだけ
ビル・ゲイツの人となりが
語られている記事がありましたけどね。
糸井 ビル・ゲイツという人が飛び抜けちゃったものだから、
ひとつの「なにかのシンボル」にして済ませちゃう、
ということに、みんなの意識が向いちゃったんですよね。
もっと知りたいと思う以上に、別枠にしちゃってますよね。
古川 ウチのスタッフとパーティをやったときでも、
ひとりひとり「なにやってるの?」って聞いて廻っていた。
技術系だからって、総務とか、購買担当者には冷淡、
ということは一切ないんです。
購買担当者が「ぼくはフロッピー買ってます」と言うと、
「いくらで買ってる?」
「50何円かな……」
「アメリカはいくらで買ってるから、なかなかいい値段、
 出してるじゃない」
なんて会話をする。
糸井 消費者をやっているんですね。
古川 それだけじゃなくて、彼が抱えている問題として、
ウインドウズを日本語化したから、
たとえば書体だとか、カナ漢のモジュールとかが増えて、
フロッピーが8枚じゃなくて
12枚になっちゃった、という話をしているときに、
「いや、何メガしか増えていないはずだから、
 12枚じゃなくて11枚で収まるはずだよ」
と。技術者だってきっと、別々のモジュールを
各フロッピーに入れたほうがラクだから、
「カナ漢で2枚、フォントで2枚」
と分けちゃうんでしょうね。
でも全部のサイズを足してみろ、3枚で収まるじゃないか、
アメリカが8枚で売っているならプラス3枚で
収まったはずなのに、何故ウチの技術者に対して、
「自分は値段を下げることに命を張っているんだから、
 お前ら、勝手に、自分の都合で1枚増やしてくれるな」
と、なんで対決しないんだ、とけしかけて。
自分の仕事に誇りをもってやっているんだったら
技術者に対して、12枚組みじゃなくて、11枚で
出せるように交渉しなくちゃいけない。
俺は俺で値段を安くする努力をしているんだから、
技術者は技術者で3枚に収まるようにプログラムを
組み替えてくれたって当たり前だ、ということを、
「おまえは解決していい立場にいるんだよ」
ということを、瞬時に、1分くらいでして、
また別のスタッフのところに行って、
「ぼくマニュアル作ってます」というと
「マッキントッシュとウインドウズと、マニュアル作るのに
 どっちがすぐれているんだ」
と聞いたり。
「クオーク・エクスプレス(DTPソフト)があるから
 やっぱりマックでしょう」
「なんでクオークは、ウインドウズに移植して
 もらえないんだ?」
って話をしたりとか。
「ワードには、そういう機能はないし」
と言った担当者に、
「ワードにこういう機能がないからそのマニュアルを
 編集する立場としてクオークから逃れられない。
 その機能をワードにつけてくれ」
と、なんでワードの担当者に伝えないんだ、と。
糸井 やっぱりそれは「天才性」ということなんですか。
……秀才なんですか、天才なんですか、
ビル・ゲイツというのは?
古川 天才というのは全く何も無いところに、
ゼロから何かを編み出したり、人のいう事を聞かない、
という側面がありますよね。
そういう意味では、ビル・ゲイツというのは
無から生み出す力、というのはそんなに
並はずれているというほどでもない。
プログラム・コードを賢く書く能力には
凄いものあるけれども。
要するに、「発想」の意味では、
ゼロから何かを生み出す力はそんなにないと思う。
むしろ人の持っているものを引きだして、
それに対して自分が助言をすることによって、
相手からもうひとつエネルギーを引っぱり出す、
みたいなことに長けている。
相手をその気にさせる部分、というのは、
スティーブ・ジョブスもビル・ゲイツもまったく同じ。
糸井 ジョブスも、そう?
古川 そうです。
糸井 両方とも、古川さんは親交がおありなんですか。
古川 ジョブスとは直接口はきいたことないですね。
だけどジョブスとすごく親しくやってきた人間から、
彼の器っていうのを聞いたことがある。
ジョブスなんかも、やはり、エンジニアに対して、
もしくはなにか創造的なことをやっている人に対して、
理解者でありながら、それを昂揚させるというか、
たとえば、倒れる寸前の人間でも、
その一言を言われたらあと3日でも徹夜する、
というようなことをするのが、非常にうまいですね。
彼の話でいちばん好きなのはね、アタリにつとめていた
ときに、……彼のことを優秀な技術者だってみんなが
勘違いしてたんですね。だけど、ジョブスって、
自分で設計図描けるわけでもないし、
プログラム書けるわけでもない。
ウォズニアクが、ヒューレット・パッカードに
いたころに、自分のキッチンに食器があふれちゃって、
ジョブスの家にいつも遊びに来ていたんです。
ジョブスは、いつもピザをとってあげながら、
「明日までにこういう宿題をやらなきゃいけないんだけど
 ちょっと描いてくれないか?」
って、ピザ食わせながら書かせて、
そのまま、次の日会社に行って、いかにも私が設計した、
って顔で1年半、バレなかったって言いますよ。
糸井 バレなかった!?
古川 ウォズニアクもウォズニアクだって気もするけど(笑)。
そこらへんのね、ピザ食わせてその気にさせて、
人に設計図描かせて会社に提出する、っていうところは、
……そりゃもうワザといえばワザですよ(笑)。
糸井 それ「総合力」ってやつですよね。
古川 そうそうそう。
糸井 重要なのは、総合力ですね!
古川 倒れちゃうから許して、ってところを、
その気にさせるというのはね、すごく重要ですよ。
時には「過ぎたる事」をやるけれどもね。
これは本人に会ったことがないから何だけど、
昔キヤノンと仲良くするまえに、エプソンの技術を
使おうとしたことがあった。全員、アメリカ人の風体の
人間が、諏訪まで行って、それで、ジョブスが
交渉したんですね。
そのなかにひとり、日本語がペラペラな人間が
混ざっていて。ぜんぶ英語で交渉しながら、
相手が通訳をして日本人同士がしゃべることも、
聞いているんですよね。それでエプソン側が
「そんなこと言ってるけどこいつら本当に
 信用していいんだろうか」
と言った瞬間に、テーブルをバーンと
ひっくり返して帰った、というね。
そういう部分に関しては、……やっぱりウマイというか。

もうひとつ聞いた話はね、
ジョブスはジョブスで素敵なところをたくさん
持っているんだけれども……。
日本では、NeXTの発表会を、
キヤノン販売がぜんぶおぜん立てして、NKホールで、
素晴らしいステージをつくって、
人間国宝級の人が素晴らしいお花をアレンジして。
ところがリハーサルにジョブスが来て、
壇上に置いてある花を見て、いきなり通訳を呼んだ。
「この犬の糞を積み重ねたような醜悪なものをすぐどけろ。
 このことを、正しく通訳して、帰ってもらえ」
……帰ってもらえ、はまだしも、犬の糞、を!?
しょうがないから伝えたといいますけどね。
その人はもう、青筋立てて帰っちゃったという。
自分自身のライフスタイルなり、信条と合わないものに
対する拒絶反応。それをどういう形で伝えるかというとき、
ものすごくストレートなやりかたをする人なんですよね。
糸井 自分の世界を大事にしている人、ということでも
ありますよね。
どう見られているか、ということも含めてね。
古川 ビル・ゲイツでもね、自分自身の気に入らないことに
出会った瞬間に、我慢がならなくて、身内だろうが
なんだろうが、怒りに触れてみんなでビビりあがる、
ということはありますけどね。
よくビル・ゲイツって、しゃべっていると前後に
揺れてくるんですね。ところが、考えが一瞬止まって、
「いまから怒りが来るぞ」
という瞬間にピタっと止まるんですよ。
それが以前からいる人間はわかるから、
動きが止まったとき、
こうやってのけぞるんですよ。怒られないように。
わかんなくて一番前に出ちゃった人間が
「バカヤロー!」って叩かれる(笑)。
そのリズムってけっこう可笑しいんですよ。
ばかだねえ、ひっこめばいいのに、って。
糸井 古川さんはぜんぶ解ってるわけですか(笑)。
古川 ええ。ビル・ゲイツって世間では非常にワガママで、
帝国を築いた男で、自分の意のままで、
自分が主張したときにそれを聞いてくれないと我慢ならない
という「自己主張の強い男」として語られていますよね。
でもマイクロソフトでそれなりにやってきた人間は、
ビル・ゲイツに
「馬鹿野郎、これはこうじゃないか!」
ってやられた瞬間に、
「ビル、それは間違ってる。冷静に判断して、
 いまあなたが言ったこと自体が、ロジカルに言って
 間違っているし、お客様の望んでいることとも、
 違うんだ」
ってことをね、説得しきったときにね、ビル・ゲイツは
「俺が違うかもしれない」って言って、
「アイム・ソーリー」
ってことになる。ビルはその言葉をちゃんと言える。
それを言わせたくて、みんな頑張っているんです。
糸井 ふむふむ。
古川 「コイツはがんばってる。どうしてもっといいポジション、
 見つけてあげないの?」
「なんでヤツのところに全権任せないの?」
と聞くと、
「いや、ヤツはまだ、一度も俺に刃向かってきて、
 俺を負かせたことがないんだ」
って言う。
それをできないでそこに仕えちゃったり、縮み上がったり
して、揉み手をしながらいい子になろう、という人間は
やっぱり、あまり、いいポジションには行かないでしょう。
糸井 非常に、スポーツ感覚ですよね、そのへんというのは。

(つづく)

1999-11-02-TUE

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