「春の鎌倉でみちくさ」編  今回の先生/森昭彦さん プロフィールはこちら
名前その39 ジゴクノカマノフタ
春の初めの晴れた日の、
鎌倉方面での「みちくさ」がはじまっています。
それは、最初に出会った「ハナニラ」のすぐそばに、
身を低くして花を咲かせておりました。
森さんが、おだやかな声でその名前を告げます。

あ、ジゴクノカマノフタですね。
吉本 え? なんですか?
ジゴクノカマノフタ。
吉本 地獄の、釜のふた?
はい。
吉本 ──きましたね(笑)、いい名前が。
きましたか(笑)。
あ、こっちにたくさんありました。
吉本 紫色の花が。
かわいいですよね。
吉本 なんでまた、 そんなすごい名前なんですか?
いろいろな言われがありまして、
ひとつが、その、地面にべったりと生えて
丸くわーっと広がっていく様子が、
「ふた」のようであるという。
吉本 うん、地面に「ふた」をしたように。
はい。
吉本 立ち上がらないんだ。 べったり生えるんですね。
そうです。
あとは、この草、
ひじょうに薬効が高いんです。
吉本 へえ〜、そうなんですか。
薬効が高いということは、
なかなか病気にならないから医者要らずで。
亡くなるひとも少なくなって‥‥。
吉本 あ、ああー。
地獄の釜にふたをして、
死人も帰してしまうほどの薬効がある
という意味でこういう名前に。
吉本 なるほどー、おもしろーい。
「地獄」っていうから、
ひどい意味で名付けられたのかと思った(笑)。
「地獄」ですからね(笑)。
吉本 むしろ、感謝の名前ですよね。
薬効が高いことへの。
そうですね。
人の暮らしと密接な草です。
日常にある、暮らしのなかの草。
吉本 うん。 ね、いいですよねえ。

「ジゴクノカマノフタ」。
迫力のある名前に、ちょっとたじろぎましたが、
なるほど、そういう由来があったんですね。
これは印象的。
とてもおぼえやすい名前だと思います。
みなさんも写真を見ながら、
「ジゴクノフタ」とつぶやいて、記憶に残してくださいね。

次の「みちくさ」は、火曜日に。
「春の鎌倉でみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けいたします。

 
吉本由美さんの「ジゴクノカマノフタ」
 

ここ数年、春の草むしりは
ハハコグサから輝きが失せるあたりと決めている。
好きなのでまだ元気な間はむしれないからだ。
この草の表情から輝きが失せ、
長い首がついに「しゅん」とうなだれたとき、
さあ、心置きなくむしり捲るぞ、
ということになる。

といってもハハコグサは、
そこらへんの道ばたで
誰もがよく見ているはずの平凡な草だ。
しかし
青磁の壺を思わせる白っぽい薄緑色の茎と葉っぱと、
粟粒みたいにもこもこ感ある黄色い小さな花は、
フェルトで作ったブーケのように見えて、
人工美と言えばいいのか、
私には不思議な魅力で迫ってくる。
それがもっともチャーミングなのは
身の丈6〜10センチほどのとき。
お天気の日ひざまずいて眺めると、
白い綿毛と黄色い花の冠毛が
陽光にきらきらと輝いて見えて、思わず手を出してしまう。
触れるとぽわぽわ感が指先に心地よく吸い付つので、
つい、いじくり回してしまう。
そして思う、
植物の意思はすごいな、と。
虫だけでなく
人間の指まで引き寄せるほどに魅力的な
この形態を作り上げるまでに、
いったいどのくらいのときを費やしてきたのだろうか、と。

同じことを鎌倉の路地に生きる
ジゴクノカマノフタを見て思った。
名前にもびっくりだが、
まるでシャツの中の1色を靴下に持ってきた人のように、
花の色、葉縁、葉脈が
コーディネートされているのに驚かされた。
誰が考えたの? こんなこと。
さらにコジャレ感だけではなく、
何かしら土から立ち上る“気”のようなものもある。
これは何だろうと思っていたら、
森さんが“医者いらず”と口にした。
なるほど、腑に落ちました。
”気“が病を跳ね返すのだ。

森さんの著書『身近な雑草のふしぎ』によると、
ジゴクノカマノフタは
タンニン、フェノール物質、
フラボノイド配糖体などを含み、
昔から干して煎じて
傷薬、胃腸薬、風邪薬の代わりになってきたという。
ひゃあ、タンニン、フェノール、フラボノイド、かあ。
健康維持に大切な栄養素ではないか。
TVや雑誌で今やひっぱりだことなっている
それら著名な栄養素を、
何? このジゴクノカマノフタったら、
昔からひっそりと、
誰に教わることもなく蓄えていたってこと?

「動物を生かすも殺すも植物次第」
以前どこかのお坊さんから聞いたこの言葉を思い出した。

2010-05-21-FRI
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