「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その35 ブタナ
東京の、西を流れるちいさな川のほとりをのんびりと
歩き続けてきた「みちくさ」も、
そろそろ終盤にさしかかってきました。
いまにも降り出しそうな空模様も気になります。
すこしだけ足を速めてゴール地点へ、
‥‥と思いましたら、
「あ、これは?」と吉本さんがしゃがみこみます。

吉本 これは‥‥タンポポじゃないですよね。
梅田 はい、黄色くてタンポポに似た花ですが、
そうですね、タンポポじゃないんです。
西欧原産の帰化植物のひとつですね。
吉本 外来種。
なんていう名前なんですか?
梅田 ブタナという名前がついてます。
吉本 ブタナ。
梅田 そう、ブタナ。
タンポポと同じキク科なんですけど、
タンポポよりも、花をつけている茎、
これを花茎(かけい)というんですが、
それがずっと長いでしょ?
吉本 ええ、長いです。
梅田 60センチから80センチくらいまで、
長くなるんです。
吉本 そんなに。
茎が長くなかったら、
タンポポと見まちがえそうですよね。
梅田 そうですね。
葉っぱの形もタンポポに似てるんです。
吉本 葉っぱ。
ええと、葉っぱはどこに‥‥?
梅田 他の草で隠れちゃってますが、
この下の方に‥‥。
吉本 そうか、下にあるんだ。
そういえばタンポポの葉っぱも
地面すれすれに
ついてますもんね。
梅田 ええ‥‥。
ほら、これです、これ。

吉本 あ、ほんとだ。
ギザギザの葉っぱ‥‥タンポポにそっくり。
梅田 いちばんたしかなタンポポとの見分け方は、
ブタナは花茎が分岐するんです。
吉本 分岐?
梅田 ひとつの茎から
もとの花茎がいくつかに分かれて伸びて、
それぞれに花を咲かせるんですよ。
吉本 へえー。
梅田 タンポポは、花茎1本で花がひとつです。
吉本 ああー、そうですよね。
‥‥それにしてもブタナって、
ひどい名前ですね。
梅田 実は北海道で最初に発見されたときは
「タンポポモドキ」という名前だったんです。
吉本 そっちでよかったのに。
梅田 ねえ(笑)。
ところがその次の年に六甲山で見つけられたとき
ブタナという名前で紹介されて、
その後ブタナが標準和名になったんです。
吉本 そうなんだぁ。
梅田 フランス語で、
「豚のサラダ」と呼ばれていることから
直訳してその名前になったようです。
吉本 豚が食べるんですか?
梅田 いや、そういうわけじゃなくて、
「人間が食べるもんじゃない」
という意味のようです。
日本ではミツバに似た草に
ウマノミツバと名付けたように。
吉本 よっぽどおいしくないんだ。
梅田 ぼくはこれ、試してないので
わからないんですが、そうなんでしょうねえ。
葉に毛もガサガサ生えていて。
吉本 タンポポモドキの方がいいのに。
どうして最初に見つけたときの
名前にならなかったんですか?
梅田 それはちょっと、わからないんですよ。
タンポポモドキの方がいいですよね。
もしくは、「セイタカタンポポ」とか。
「エダザキタンポポ」とか。
吉本 ああー、いいですね。
梅田 さて、ゴールに向かいましょう。
そっちにトンネルがあるので、
そこをくぐれば、すぐに「ほたるの里」です。
吉本 はい。

ゴールの手前でまたひとつ、みちくさに出会いました。
ブタナ、覚えました?
「のがわ」でのみちくさは、
ちょっとかわいそうな名前が多いですね?

さて、ほんとに雨の気配。
すこしだけゴールを急ぎましょう。
「のがわ」でのみちくさは、
のこすところあと2回となりました。

次の「みちくさ」は、火曜日に。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「ブタナ」
 
花粉症なので、
杉同様にブタクサも天敵である。
道を歩いていて連れが
「あ、ブタクサだ」と言うだけで、
右の鼻孔がぴりぴりと警戒警報を発し始める。
当然ながら野川の野辺にも
憎きブタクサはいるのであって、
あっちにこっちに見かけては
「あ、敵です、敵、敵がいます!」
と梅田さんに直訴して、
なるべく近くへ行かないように歩いてきた。
が、この散策もついに終盤を迎えようかというそのときに、
梅田さんが目の前の草を指差し
「あ、ブタ‥‥」と口走る。
「何ッ、敵が!?」と身構えたけれど、
梅田さんの指先でにっこりと微笑んでいたのは、
あのイガイガでゴホゴホの嫌なヤツではなく、
小さな黄色い花を付けた楚々たる容姿の草だった。
ブタはブタでもナのほう、ブタナ、と初めて知る。
ブタクサにブタナかあ。
紛らわしい名前を付けるものだなあ。
こんなに可愛く、
タンポポの遠縁の娘さんみたいな雰囲気だから、
タンポポモドキでいいではないか。
そもそもブタナという名の出所
フランス俗名“豚のサラダ”Salade de porc 
というものが奇怪だ。
なぜ豚であり、サラダなのか。
豚が喜んで食べる草なのか。
そういえばフランスの家庭料理に
タンポポの葉のサラダがある。
見た目はルッコラのサラダに似ているが、
より苦く、よりワイルドで、しかし口当たりよく、
春らしい一品である。
そうか、もしかしたら。
葉の形はタンポポそっくりながら、
お味は人の口にイマイチで、
それじゃブタにでも喰わせるか‥‥と、
農家の人が名付けたのかも知れないな。
まあ平凡な発想だけれど、
この面妖な名前の由来はそれ以外にないだろう。
2009-09-11-FRI
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