「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その29 ケキツネノボタン
ポツポツと、小雨が降ってきました。
傘を開く、吉本さん。
雨を気にする様子のない梅田さんは、
新しいみちくさを見つけました。

梅田 次はこれにしましょう。
吉本 梅田さん、傘はいいですか?
梅田 ああ、ありがとうございます。
これくらいの雨でしたら私は大丈夫ですので。
‥‥これ、いきましょう、この植物。
吉本 なんていう名前なんですか。
梅田 これは、キツネノボタンかな‥‥。
吉本 キツネのボタン。
この、グリグリしたやつ。
梅田 えーと、ちょっと待ってくださいね、
よく見てみないと‥‥。
キツネのボタンか、
ケキツネのボタンか‥‥(ルーペを取り出す)。
吉本 ケ? ケ、キツネのボタン?
梅田 キツネのボタンと、ケキツネのボタン
というのがあるんですよ。
吉本 「ケ」がつくかつかないか。
梅田 はい。
このグリグリは果実なのですが、
トゲトゲがついてますでしょ?
吉本 なんかすごいです。
こういう髪型の人、いますよね。
梅田 ああ(笑)、若い人に。
吉本 パンクの人の髪型みたい。
梅田 このトゲトゲの先が
もとの方へ反転するほど曲がっていると、
キツネのボタンなんです。
ああ‥‥これはほとんど曲がっていませんね。
すこし曲がっているところもありますが、
ほぼまっすぐなので、ケキツネノボタンです。
吉本 「ケ」がつくほう。
梅田 葉っぱや茎に毛が多いから、
ケ(毛)キツネノボタン、という名前なんです。
吉本 毛の違いなんですね。
キツネノボタンのほうは毛がすくない。
梅田 そうですね。
見慣れてくれば、毛の量や葉っぱの形だけでも
その違いがわかるようになるのですが、
最初はこのトゲトゲの形で見わける方法が
わかりやすいと思います。
吉本 この子たちは、
ずいぶんかわいい名前ですね。
梅田 はい、まあそうですね、
ヘクソカズラにくらべれば(笑)。
吉本 めぐまれた名前。
梅田 でも、有毒なんですよ。
吉本 へええー、そうなんですか、
毒があるんだ‥‥。
梅田 キツネノボタンも
同じようなところに生えるので、
このあたりにあると思うんですが‥‥。
吉本 あ。
梅田 どうしました?
吉本 チョウチョ。
梅田 ああ、これ、
これはヤマトシジミという蝶です。
吉本 かわいいなあ、
ちょこんととまって。
梅田 ねえ、きれいです。
吉本 ゆっくり気をつけて歩いてると、
ほんとにいろんなものに出会えますね。
梅田 はい。

このすぐあとに梅田さんは、
キツネノボタンのほうも見つけてくださいました。

果実の部分のトゲトゲの先が、
そりかえるように曲がっていればキツネノボタン。
まっすぐか、もしくは少し曲がっている程度なら、
ケキツネノボタン。
覚えました?

ところで、このみちくさ中には、
キツネノボタンの「ボタン」は
洋服のボタンのことだと思い込んでいたのですが、
のちほど、そうではないと知りました。
正しい名前の由来は‥‥?
吉本さんのエッセイをお読みください。

次の「みちくさ」は、火曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でまいります。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「ガガイモ」
 
陽が照っているのに雨がぱらぱらと降ってきて、
晴れなのか雨なのか、どっちつかずの、
ちょっと奇妙な気象現象を“狐の嫁入り”と呼ぶが、
言い得て妙で、
あの独特の、怪しくファンタスティックな“感じ”は
それ以外の言葉では的確には伝わらないだろう。
そもそも私たちの国ではそういう風に、
怪しいものごとに
“キツネ”と付けて笑って済ますことが多い。
何々のようで何々ではないことを
その三文字で言えばみんな納得いくのだから、
話が早くてけっこうなことである。
以前、九州の天草を歩いているとき驟雨に遇った。
傘がないのでタクシーを拾い溜息つくと、
運転手さんは「なあ〜に、大丈夫。
これは“狐の嫁入り”ですけんね、
すぐに終わるとですよ」と笑った。
私もそうかと頷いたのだけれど、
あの感じ、
あの生活の知恵的言い回しの感じが好きだ。

キツネノボタン、ケキツネノボタンも
その流れにあるようだ。
この日見られた両種類とも、花が終わり、
小さな丸いポンポンみたいな
果球(痩果が球形に集まった集合果)が
びっしりと顔を見せていた。
当然ながらキツネノボタンの“ボタン”とは
“釦”のこと(似ているし)、と思って
「かわいいですねえ」を連発したのだけれど、違っていた。
ここで言うボタンは“釦”ではなく、
あの優麗なる大輪の花、“牡丹”なのだ。
葉っぱの形が似ているので牡丹と思い、
どんな美しい花が咲くかと楽しみに待っていると、
艶やかな牡丹の花とは対極にあるような
小さな黄色い花が咲いたから、
「騙された」という意味で“狐の牡丹”と付いたらしい。

これと反対なのが
8年前まで同居していたウチの雄猫の名前で、
「吉本ボタン」というのである。
ノラの出ながら長毛雑種の美形に属し、派手だった。
顔の縞模様の激しさは
歌舞伎団十郎の隈どりにも負けないほどに
ゴージャスだった。
だから友人知人は全員「牡丹ちゃん」と思っていた。
手紙にそう記した人もいた、「牡丹ちゃんによろしく」と。
しかし、こっちの名前の由来は“釦”のほう。
生後2、3ケ月の小さいとき六本木西公園で出会い、
シャツのポッケに入れて家に連れ帰ったのだが、
翌朝見るとシャツの5つの釦が
ぜんぶ引き千切られていたのだ。
なので「ゴボタン」と命名。それがのちにボタンとなる。
とにかく気性の荒い猫で、
まだ小学生だった姪っこを唸り声で震え上がらせ、
訪問客2名(成人男子)の額や手を血だらけにもした。
その荒々しさを猫好きの友人は
「猫界のミック・ジャガー!」と評した。
14年間ケンカしながら一緒に暮らして、
最期は彼らしく凄惨なものだった。

だから、まだ、「ボタン」と聞くと、
目の前の小さい果実に
どうしても彼の派手な顔が重なってしまう。
2009-08-21-FRI
次へ 最新のページへ 次へ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN