「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その27 ヘクソカズラ
公園を抜けると、小さな川が見えました。
今回の「みちくさ」の目的地、「のがわ」です。
東京都下を流れるこの川のほとりで、
最初に教えていただく「みちくさの名前」は?

吉本 あ、川が見えてきました、ついに。
梅田 はい、それが「のがわ」ですね。
吉本 わあ‥‥何か、風流ですね。
梅田 そうですね(笑)。
ええと、その橋を渡って、
向こうからまいりましょう。
吉本 はい。
梅田 この川には、カワニナとかドジョウですとか、
いろんなのがいるんですよ。
吉本 ああー、
いそうです、いろんなのが。
梅田 休みの日はもう、子どもたちでいっぱいです。
みんな網を持ってね。
吉本 そうですか。
‥‥あ(笑)。
あそこにいるのは誰でしょう?
梅田 ん? ‥‥ああ(笑)、
コサギ(小鷺)ですね。
吉本 おーい。
梅田 東京都でも、
まあ、これくらいの自然はあるんです。
吉本 もう、このあたりは植物がいっぱいで‥‥。
どのみちくさからお話を聞いたらいいのか、
わからなくなっちゃいますね。
梅田 そうですね‥‥。
これなんかどうでしょう。
吉本 これは?
梅田 花が咲いてませんけど、
ヘクソカズラです。
吉本 ああー、
これがヘクソカズラなんだ。
梅田 はい。
かわいそうな名前なんですよ。
かわいい花が咲くのに、匂いがね。
吉本 そんなにひどい匂いなんですか?
梅田 ちょっと、嗅いでみてください。
(葉をちぎり、手渡す)
吉本 ああ。
うん、たしかに臭い。
でもこんな名前をつけられるほどじゃ‥‥。
梅田 自分を守るための匂いですからね。
吉本 嫌な匂いで寄せ付けないための。
梅田 でも、これを食べる蛾の幼虫がいるんですよ。
いわゆる「たで食う虫も好き好き」
っていうやつですよね。
吉本 そうかあ‥‥。
前のみちくさでも
「ハキダメギク」っていうのがあったけど、
名前がひどいシリーズです、これは。
梅田 ‥‥あ、花がありましたよ、ほら。
吉本 ほんとだ、こんなにかわいいのに。

文字通り「みちくさ」をしながらようやく川について、
最初に教えていただいたのは、
たいへんインパクトのある、みちくさの名前でした。
「ヘクソカズラ」、覚えました?
機会があったら、匂いを嗅いでみてください。
より深く、記憶に刻み込めると思いますよ。

次の「みちくさ」は、火曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でまいります。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「ヘクソカズラ
 
青臭い匂いが好きで、
香菜(コリアンダー)・茴香(フェンネル)・ドクダミは
好みの匂いベスト3である。
とくに強い匂いを放つ香菜、中国名シャンツァイは、
安い時期何束も買って生花のように部屋に飾る。
ばらの花を飾ると室内にばらの香りが満ちるように、
我が室内もシャンツァイの緑したたる芳香に包まれる。
その中で過ごすと気持ちは安らかになり呼吸も深くなる。
しだいに体から悪いものが取り除かれ、
さらさらと清らかになった血液が
全身を巡っている実感を得る。

数年前アロマ・ショップで
オーガニックのコリアンダー精油を見つけた。
嬉しくて、
それを香水のようにシャツの胸元と手首に付け、
バーに行った。
すると客の一人がくんくんと鼻を動かし
「えっ? カメムシがいるの?」と騒ぎだす。
そばの女性が「わ、いやだぁ」と眉をひそめる。
その先の男性が「潰すと臭せえぞお」と立ち上がる。
しかたないから手を挙げて、それは自分だと白状する。
バーのマスターが
「へええ、今どきはシャンツァイの香水があるのかぁ」
と驚く。
好きな人間には芳香でも嫌いな人には
カメムシの匂いになるのがシャンツァィの弱点。

ひどい名前を付けられたヘクソカズラの匂いも、
好きとまではいかないけれど、
それほど「イヤッ」とも思わない。
玉葱の腐ったような、犬や猫の糞のような、匂いである。
そのテの匂いが気にならないのは、
長い人生猫を相棒に暮らしてきて
ウンチの匂いには慣れているからだろう。

中心が紅紫色で白い花弁は細おもての、
小さく可憐な花が付く。
その形が田植え娘(早乙女)の笠を思わせるからか
サオトメバナという別名もある。
きれいと言えばきれいな名だが、
忘れそうと言えば忘れそうである。
忘れないという点では断然ヘクソカズラのほうに分がある。
花がお灸(ヤイト)のあとのように見えるから
ヤイトバナとも呼ばれる。
さらに、クソタレバナ、ヘクソ、ウマクワズ、などの
ひどい別名も用意されている。
匂いがちょっと、と言うだけで、
これはあんまりな処遇と思うが。
2009-08-15-FRI
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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN