SHIMIZU_MICHIKO
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(秘密厳守)
1998年11月の日記

第7回

11月1日(日)
コドモと一日遊んだ。
生まれたばかりの時は「かわいいじゃん」と思ったが
一年たつと、
「あれ、だんぜん今年の方がいいなあ。
去年は今年ほど強くなかったか」
と思え、3年後には
「コドモはぜったい3才児に限る、
1才児はまだまだぬるかったのだ」
となり、5年で
「これがコドモがかわいいのピークなのか!」
と思え、10年で
「このまま成長して! 
いや、成長しないでくれ!」と願う。
そんな話を昔、玉袋筋太郎さんにしたら、
「今(4才)、その気持ちがすごくわかる」
と言っていた。みんなそうなのかな。
性格全然似てないのに、
なんでこんなに好きになれるのだろー。
子離れできるのかな。不安。
いつか嫌いになれる時がくるのかな。おもしろい。

11月2日(月)
東京経済大学で学園祭。
いつか、某アーティストが私に
「私は学園祭に出演なんて考えられない。
なんで学生がプロをよべるの。
そんなの日本だけだし、おかしい」と言っていた。
けど、今日はすごおく楽しかった。
本人が楽しめたらお互いいいわけだ。
私は出たい。学生は呼びたい。需要と供給。バランス。

11月3日(火)
学習院大で学園祭。
入学して何が良かった? と聞いたら
「隣の席のあか抜けしない男の子が、
大会社の御曹司だったりするのがとてもおもしろい」
「SPをしゅっちゅう見る」
「自分は大して金持ちじゃなかったと知る」と言っていた。

ここは歴史が古いだけあって、
とても「お祭りー」という雰囲気が強かった。
本番中、背中で何やらモメ事が聞こえた。
「さっき、どしたの、なんだったの?」
と聞くと、
「始まってからだというのに入場しようという方がいて、
お断りするのに騒ぎが起こりました」
と言っていた。
こういうとこ、お坊っちゃんだ。固いねえ。
そんなもん入れてあげればいいじゃん、と言うと
「それはやはり、できません」とのことだった。
ま、それも君の個性だわな。

みつを

そのあとNHK-BSで美術番組の生放送。
鶴太郎さんは、芸術家としての出演のようだった。
それにしても全ての芸術は誉められすぎではないか。
アナウンサーが、ラストに
「美術館での絵は平均して一人一枚につき
1分ほどしか見てないのが現状です。
もっとちゃんとガマンして見るべきではないでしょうか。
それではさようなら。」
の、「ガマンして」がおかしかった。
すごいリアル。

11月4日(水)
赤坂のスタジオで
NHK「課外授業ようこそ先輩」ナレーション撮り。
日比野克彦さんが先生。薄く岐阜弁なのがわかった。
授業は面白かった。

11月5日(木)
「ビバリー」と「かもネギ」ラジオ生放送。
あいた時間に美容院へ。
そこに明本歌子さんみえて驚いた。
たまたま「コズミックファミリー」というエッセイを
読んだばっかりで、
ここんとこ彼女の事ばかり考えていたから。
紹介されるも「あなたはどっかで見たことあるわよ!」
とひらめいたように言っておられた。
勝手に想像するシャーリーマクレーンに
似ている雰囲気だった。

1998-11-01-SUN

第8回

11月6日(金)
レギュラーの「ぴかいち倶楽部」生放送。
その前の「スタジオパーク」のゲストで
大西順子さんがいらしていて、
ピアノのリハを勝手に見学する。
すっぴんで愛嬌のないところは
友達のスタイリストの綿引さんにそっくりだ。
ちょっとした目つきで仲間に
曲の「ここで終わろう」などとコンタクトをとるヤツ、
一回マネしてみたい。
いや、かつて一度それをピットインでのゲストで
マネした事があったのだが。
照れ笑い、そして苦笑い。

私の番組でのゲストは見栄晴さんだったのだが、
裏の見栄晴さんに感心してしまった。
たいがい「自分はこう出るぞ!」としているのだが、
彼は全体の流れを見て、それから「自分はこう出よう」
と考えておられたようだった。
やはり、長くやっておられるだけある。
タレントとして、とても優秀な方だと思った。
しかも妙に腰を低くもしてなく、ごく普通。

11月7日(土)
WOWWOWで「ガープの世界」を見る。
水道橋博士のHPに
「ガープの世界をまた見る」と書いてあり、
私が昔、自由が丘でこれを見て、どこがいいのか、
なんでこんに評価されてるのかがちっともわからんな、
と思っていたので、どれどれもう一度、と思って拝見。
二度目とあってじっくり見たが、
再びどこがいいのかわからず。
市民ケーン、だ。
「植草甚一の世界」と同じで、
女性にはどうにもわからんが、男性にはくるのかな。
たとえば、なぜかずっといじわるをしてくる
女の子「プー」や、異常にたくましい母親、
あっさり浮気する妻、女性の団結力
(レイプされた女性がいて、
男性社会に抗議として舌を切る)
など、案外男から見た不思議な女が見えるのかもしれない。
実情は、そうでもないぞ。
ただし博士から勧められた本や映画、情報で
感謝したものはたくさんある。
友達っていいな、だ。
たとえば山川健一の「マッキントッシュハイ」。
読み返し、やっぱマックだ、とまた思った。
家のスタッフの中川さんなどは、これを読んではまりまくり、
話題のアイマックの歴史までに広がり、
今、マックの中で一番欲しい!
と思っているのだそうだ。
ただしかし、事務所で今度買おうとしてるのはWINDOWS。
そのうちホームページを作ろう、と口約束。
もし作ったら、ここに(1101)日記を
クリックできるようにしましょう。
その時はやり方をモギさんに聞こう。

11月8日(日)
えびすさん

名古屋CBCで「太郎と花子」ゲスト。
今田さんと東野さん司会の番組。
前に出たとき、楽屋でこの二人と板尾さん、
ホンコンさん、
山崎邦正さんらがテレビでずうっとプロレス中継を
真剣に見ていたのだったが、
「蛭子さん、いいかげんにしてくださいよ!」
とその中の誰かがどなった。
「なんでそういちいち笑うんですか!」と言う。
それに対して蛭子さんは
「だって、ワザかけてるんだもの。」
とクスクス一人で笑っていた。
それを見てると私もおかしくなって笑ったが、みんなは
その答えに全員で無視するしかない、という風だった。

その日はこの番組が押して新幹線に間にあうか、
という事態となり、
しかもタクシーが一台しか来ず、急遽私とマネージャーと、
同じくゲストだった蛭子さんとの3人で乗ったのだったが、
タクシーの中で蛭子さんが
「清水さんのカバンは重そうだから、
駅に着いたら僕がそれ持って走ってあげるよ」
と言ってくれた。
なんとやさしい、と思ったが、
「慣れてますから大丈夫です」
と自分で持つことにした。
しかし、いざタクシーが到着し、
三人でダッシュで走り出したら、
蛭子さんだけがとてつもなく足が遅く、
ふざけているような走りだった。
イライラしだして、逆に「私があんたのカバン持つわよ!」
と言いたくなった。
今日も一緒だったので、「よく呼ばれますねー」と言ったら
「僕ネ、どうやら気に入られてるみたいよ」と言っていた。
一言一言が心に残る人だ。

1998-11-12-THU

第9回

11月9日(月)
10月の新潟のロケでお世話になった方から
お米が10キロ届く。とてもきれいだ。
さっそくお米3合を研いで、いい水で炊いてやろ! とし、
そうだ、せっかくだから炊飯器はやめて、
久々にオーブンで、と
土鍋に米を入れ、オーブンで炊いた。
秋から冬にかけてはオーブンを使うべき。
つけてみるだけでもいいです。
つい、何か入れたくなり、
そうするうちに慣れてくるから。
そのままストーブになるし、
ストーブよりもいい匂いがして、
冬が好きになったりするもんです。

ところでお米を炊くのはけっこう簡単で、
オーブンを230度くらいにしておいて、
30分そのまま火加減も見ず、そのまま放置。
タイマー鳴ったらそのまま10分蒸らす、
で必ず上手くいく。
ところが、これを炊き込みごはんなんかにして、
炊き立てをお客さんに出すと、必ず客人から
「ミッちゃんってすごーい!」と合唱される。
ガスコンロなんかでもうけます。
ぜったいお米ってのは
炊飯器でないと炊くのがむずかしい、
と思われていて、ソンをしてそう。
タイなんかだとお米を炊かずにまんま
茹でているのに。

昔、夫と同棲していた頃(フケツ!)、
これを作ってやったら、
「この人には、できない事がないんじゃないか!」
と思ったのだそうだ。
しかし、今は
「この人は、何かひとつこれ、
といってできる事があるのか!」
としばしば思うのだそうだ。
慣れ、というものが夫婦間にとっての危機に直面します。

11月10日(火)
「マイフレンドメモリー」という
かったるい映画を試写会で。
これを見て文章を書かなくてはいけないのだ。
ただしかし、これは邦題のセンスが悪いのであって、
(原題は、「THE MIGHTY」)
まだわからんぞ、意外にいい時もあるぞ、
とも思ったのだが、
邦題が皮肉にもピッタリ。
まったく「マイフレンドメモリー」だった。
ま、泣いたけれども、
私くらい体質的に涙腺の弱い人間だと、
心の底からの涙なのか、
単に音楽で情感を走らされてなのかがすぐわかる。
私は嘘泣きでもすぐに涙が出るのだ。
嘘だとわかっているのに、それにまた感動できて
ずんずん泣けるタチなのだ。

THE MIGHTY

本当に私の涙ってのはうまく、早く、安い。
それにしてもこの映画は、とにかく説明がうるさい。
「ここで少年はこう思ったのだ!」、
なんてのが、歌や映像でしつこく説明的に出てきて、
画像を見ながらも想像させるのが映画だろ、
クラブ活動!
と頭の中でプラカードを持って行進した。
そのまま前進し、レンタルビデオ屋に行き、
「スリングブレイド」を観る。
これはいい。泣かなかったが、これはいい。
詳しくは「FROM A」に書いたので
立ち読みしてレンタルしてほしい。

1998-11-14-SAT

第10回

11月11日(水)
フジテレビB-WAVEにて矢野顕子のマネ。
テレビで彼女のモノマネするのは何年ぶりかわからないが、
矢野顕子の歌だけは、昔から私にとっての笑えないネタで、
サンクチュアリで、ピアノはどうあれ、
歌声だけはMCを含め、やにうまい。

ムトゥ

思えば高校時代から20年もやってる
ことになるんでした。
こう書いてみるとすごいモノマネ人生だ。
実は、私が高校3年だったか短大一年生かの頃、
モノマネ番組で、
榊原郁恵がまるでかなりアホが入った表情で
彼女の弾き語りのマネをしたのを見て、
家族と夕食の茶の間で見ていた私は
「あっ、コンチクショー。
私にそのピアノを貸しなさい」と、
無性にメガホン持って
立ち上がりたくなったことがある。
でも、これが立候補したきっかけに
なったのかもしれないのだから、
今は幾重にも(しゃれ)感謝。

そのあと、ビデオレンタル前で車から降り、またレンタル。
「ダイヤルMを廻せ!」と、「天国と地獄」と、
CDで真心ブラザーズ。ところが帰ってみたら
CDは間違えられたのか「B’z」のCDだけが入っていた。

このところまわりで、なぜか映画やビデオの話ばかり。
糸井さんにメールで「私は(自転車泥棒)という映画、
ストーリーとオチを聞いただけであまりに悲しいため、
いまだに(多分今後も)見ていない」
と書くと、
「今ちょうど泣けた映画ベストテンという企画を
立ち上げようと思ってたのだ」
とあった。
似たような事を思うものだ。
東急文化村でモギリをしている私の知り合いが、
「ポネット」がかかったとたん、
ずうっと大にぎわいの長蛇の列ができて、切るたびに
「おまえらそんなに泣きたいのか、
ホロリ好きか、と聞きたくなる」
と言ってた。

ついこないだ会ったホンコンさんも、ぐうぜん
「ワシ実は、映画は泣けるヤツが
好きやおもうてますねん」
と言っていた。スナオな言葉。花束。
夫は「泣いたと言えば、ひまわりと鉄道員」
と言っていた。
私は「砂の器と、ほたるの墓と、ET、
ダイハードのラストで
奥さんに俺は悪かった、と言ってくれ、
とあやまったシーン」が思いついた。
私はまだ見ていないけれど、ポネット、どうでしょう。
見たくなってきました。
もしもこのまま、「泣ける映画ブーム!」となったら、
誰かがすぐコメントで「今は不況だから」、
と結びつけそう。

1998-11-15-SUN

第11回

11月12日(木)
ニッポン放送の「ビバリー」のコーナーの中で、
北野大さんから
「塩を溶かしたお湯で足を暖めると風邪の予防になる」
という事を聞き、さっそく夜やってみる。

ストレス

部屋でポワーンとしながら風邪とは関係ない事が
なんだかわかった。
ヒラメキ!
全てのストレス解消というものは、これなのね。
自分の身体への愛情表現、ですか。
ちゃんと一回やさしくする、
してあげる、した、って事実。
心はつながってるようでも、身体の方は案外バカだから、
ちゃんと実行してあげないとわからないのではないかしら。

昔、聞いた話、
英語には「胸焼け」、とか(肩が)「こる」、
という言葉が
実はなかったそうなんだけど、
この言葉が訳されて輸入されたとたん、
「そういえば、思いあたる」とア
メリカ人に思われたそうで、
ここからサロンパスに
似た商品などがいきなり売れたのらしい。

ストレス、という言葉も私は
「これかな、これだろう」
と探すうちに体がわかってきたような、
むしろ宿ってきたような気がします。
そしてそれを感じてしまったら、
「解消」という言葉はもっと
早く溶け込んで行ったのです。
そのいわゆる「解消法」はどれもまるで、
身体が「俺の存在を、よく覚えておけよ!」
といってるものが多い気がします。
なんか、かわいくも思え、
よしよし、と足だけ暖めた。

この日、淀川長治さんの訃報。
泣ける映画、とか言って楽しんでたら、
映画が泣いてそうな。
確か、私の記憶ではある日の淀川さんのベスト3の映画に
「ひまわり」と「カオス・シチリア物語」があって、
もひとつがどうしても思い出せない。
「ひまわり」は見れたけど、「カオス・シチリア物語」が、
どこを探してもビデオで見つからない。
「記念にどっかで上映してくれないかな」
とラジオでさりげなく頼んだ。

1998-11-19-THU

第12回

11月13日(金)
「ぴかいち」生放送。
マネージャー・ヤノッチが
サンドイッチを持ってきてくれた。
体は小さいのにやさしい子。
ときどきコーヒーもポットに入れて持参してくれる。
話やセンス、好みなど(もと女子プロサッカー選手)
私とは正反対で、まるで男の子のようでいて、
とてもナイーブかつペシミストな横顔がある。

そのあとステラ取材。
話が早い記者、大好き。
蕎麦を食べ、場所変えて
ホテルでサンデー毎日のユーミンについてのコメント。
取材お疲れさまでした、の別れの挨拶で、
「清水さん、ピアノでユーミンを
歌った事があるというのは本当ですか?」と
ニコニコ聞かれ、
あ、だいじょうぶなのかな、記事、と一抹の不安。

家で原稿2本書いた。
ここで(日記を)やるようになってから
何でも早く書けるようになってきた。
何事も練習だね。
あ、これって練習、、。

夕食にオムライス作る。
コドモの舌はまったく低次元だなー。
黄色に赤かよ。ベタだねえ。
早くわけぎのぬたあえとか
カマの塩焼きとかの味を知ってくれんかな。
でも夫もちょっと喜んでた様子。
そのあとナタデココと柿。

1998-11-21-SAT

第13回

11月14日(土)
那須にある、「那須ハーモニックホール」
というところでライブをやった。
いいところでいい天気だと、
人はやさしくなれるものだなー。
そしていいホールで、いいスタインウエイだと
さらにやる気が加わるものだなー。
お客さんまでまるで輝ける人々に思えてきた。

本番5分前にカーテンの後ろにいたら、
24、5才くらいの現地スタッフの女性が
(話しかけようか、どうしようか、勇気がない)、
という迷った顔をしていたので、
やさしいモードに入っているこちらから、
ニコッと微笑みかけた。
そしたら、(じゃ、)という顔で
こっちにささっとやってきて、私に耳打ちした。
「清水さんの、OL百科、大っ好きです!
 いつも楽しみなんです!」
私の心の中で、大きな声で
(OL百科ってなんなんだよお!)とシャウトした。
「そうだ、きっと、清水ちなみさんという方が
私に名前も顔も似ているので、
多分、ちなみさん方面ではないか」、
とこれまたやさしく述べる。
女性はまたたくまに沈没してきそうだったので、
「あれ、おもしろいのよね!」と、
知りもしないくせにてきとうな事を言った。
しかし、沈没はとめどなく、
舌を噛みきって死にそうな顔で
あやまりながらうしろにさがって行き、
私はそのまま照れ笑いをしながら客前に出た。
OL百科って何なんだ。

そのあと深夜、インターネット番組「茶ナイト」へ。
ヘトヘトで1時間。
でも4秒にヒトコマずつ写るのはおもしろいかな、
と思い、動作を4秒ずつ動かしてみたが、
数秒後、まったく関係ない事に気がついた。
そのまんまでいいんじゃん。

11月15日(日)
TVブロス原稿を書く。私の雑誌の連載は全部で6本。
けど、その中でひとつだけゴーストが書いている。
なんでかというと「そういう風にしてくれ」と、
頼まれたからであるが、
最近「あれ、本人じゃないでしょ!」と指摘された。
ピンポーン。わかってくれてありがとう。

ベルマーク

そのあとベルマークをセロテープに貼っていく作業。
私はPTAのベルマーク委員なのだ。
小学生の親になると、
全員PTAに加入となるものらしい。
ずっと何もやってなかったので、
今年くらいは楽そうな
ベルマーク委員に立ったのだが、
これがけっこうチマチマとたいへん。
そんな事をいつかラジオでぐちってたら、
高田文夫さんがおもしろがって
「清水、ベルマーク募集中!」
なんて言ったもんだから、否定したというに
ほぼ1キロくらい集まってしまい、
(これって捨てられずに困ってた人が
 結構いるものなんですね)
またこれをそのまま出したらみんなが困るし、
と思い、少量ずつ出してたら、同じ委員さんに
「ラジオで、たくさん来たって聞いたけど、
 このくらいなんですか。」
と言われてしまった。
ごまかしちゃった、と言って笑ったが、
来月、本当に全部出すからな。知らんぞ。

11月16日(月)
ピアノ調律してもらう。
調律師のために買っておいたミントの紅茶を出す。
前に来てもらった時、コーヒーを残してたので、
こういう上品なヤツならどうだ、と思ったのだが、
案の定すっかり飲んでいた。
ついでに私も飲んでみたが、なかなかおいしいじゃないの。
終わって「これでどうでしょう」と聞かれ、
(またかよ)と思いながらイチ音ずつ弾き、
「けっこうです」と言う。
まさかどこが変わったかわからん、とも言えず。
あっちも(おまえ、ホントにわかってんのかー)
と思っているに違いない。

11月17日(火)
エグザスでまた夫とヤノッチとでスカッシュ。
マシンもやった。じろじろ見られるも、
ここだとみんないい顔いい心身としてるので、
いつも平気でへたばりながらも楽しめる。
横で人気のエアロビが楽しそう。
でもやったらきっと笑ってしまいそう。
私は学生時代に行ったディスコでも
「あいつが、踊ってる!」と思うと笑ってしまい、
ちゃんとみんなと踊るように注意された事がある。
しかし、私がしゃにむに踊るとそいつは笑っていた。
だろ? という顔をしてまたいちだんと激しく
踊ってやった。
なつかしいなあ。
なんであんなに六本木だったんだろう。

そのあと試写会「6DAYS、7NIGHTS」へ。
タヒチへ旅行したみたいだ。
しかし主役が、ハリソン・フォードだと、
もっと危険に!もっと若く!もっと驚かせて!
と思ってしまう。
でもまわりはよく笑ってた。
主人公の女性はきっと、
日本女性の「やせたい願望」を
さらにつのらせるだろうと見る。

11月18日(水)
部屋の模様替え。
これをしてもしてもいつも汚い私の部屋。
および居間。
部屋をきれいに! とでかい張り紙をした。
コドモの部屋もいつも汚い。
思えば私の実家の部屋も、どこもいつも汚い。
これはきっと家系なのだ。
血がつながった人はみんながみんな、
だらしないところで暮らしている。
家事の99パーセントは何かを片付けることだと
誰かが言ってたが、本当にそのとおりだ。
しかし、今後は私から血をきれいにする。
祖先は私からがスタートになるのだ。
清潔な家系になる。
まずは、物を買わんことだ。

サンデー毎日の記事、不安が当たった。
ああくやしい。
「初めてユーミンと会った時、
手を差し伸べられ、できた人だと思った」、
と言ったのに、記事には
「あんまり変なマネ、しないでよね、と肩を叩かれた」
となっている。
いつもこうなる。
書くんだったらいっそのこと
もっとブラックにしろ、と言いたい。
いい人そうな記者だったのに。
くやしかったので、抗議として本屋さんにすぐ電話して
サンデー毎日の定期購読を止め、HANAKOにしてもらった。
ザマミロ。
しかし、なぜ、口に出たのがHANAKOなのか
我ながらわからんが、
これでスカッとした。

11月19日(木)
ニッポン放送のあと、DA・PUMPの番組に出演。
DA・PUMPには、わらわらと
大人の関係者がついていた。
メンバーより多い。
わらわら。そしてわらわら。
DA・PUMPの一人が田原俊彦のマネをし、
うまかったが、瞬時にNGが入った。
この待ったり! という感じ。
さすが大人のチェック。わらわら。
(DA・PUMPについてはTVブロスを読んでちょうだい。)
そのあとTBSラジオに行く。
この時間にヨッ!大統領(本物)が来日してて、
やたら警備員がいきいきと嬉しそうに注意。と見た。
台風みたいなもんで、
ちょっと嬉しいのを隠せない顔をしていた。
しかし、輝き丸だしだ。
大統領の顔はまるでニセモノみたいだった。
いや、CMのニセモノがやに風格があるのであって、
聖子ちゃんのそっくりさんみたいな
カンジじゃないのだった。

11月20日(金)
NHK「ぴかいち倶楽部」に出たあと、
洋服を買いに下北へ。
またブラブラぼろい自転車に乗ってる柄本さんを発見。
芸能人で一番好きな人で、一番よく会う人だ。
あんた、もちょっとパリッとしなよ、と声をかけたくなる。
そういえばナンシーさんの乗ってた自転車もボロかった。
新しい銀のヤツのを買ったらしいが。
ボロい自転車って人柄を見えるようで、何とも味がある。
私は無印のヤツ。ださ。

1998-11-28-SAT

第14回

11月21日(土)
NHK-BS「俳句王国」ゲスト。
俳句の偉い先生が歯に衣着せない人で、おもしろかった。
私の句はボロクソだったが、本当に我ながらひどかった。
客観的に見るとあまりに下手なのが
かえってかわいく見えてきて、笑えた。
「秋空に 弁当開ければ 栗ごはん」はないだろう。
栗ごはん嫌いな気持ちを出したつもりだった。


こんなサイン見つけました

そのあと名古屋名物うなぎの「ひつまぶし」を食べる。
茶づけにして食べる。おいしい。
そのあとコーヒー。まずい。
よく臆面もなく600円も取るなあ。

コーヒーと言えば、
私の実家はコーヒー屋さんを経営してて、(今も)
そのあと東京で感激したスパゲッティ屋(壁の穴)の
チェーンとして隣の店舗で経営し始めたのだが、
この時、両親は「あれれれ」
と思ったのだそうだ。
コーヒーだと原価が
安かったのに(約5分の1でできる)
スパゲッティだと、安くしようとしても、
2倍にすると高いカンジになるのだそうだ。

普通、こういう商売は原価×3倍、とされているのに、
そうも言ってられないらしい。
私がケーキ工房でバイトしてた時も「あれれれ」、
と思った。
いい生クリームでいいフルーツ、
いいバターを使ったとたん、
ものすごく高くしないと本当にモトが取れず、
なんてコーヒーってのはワリがよく、
支払いもカンにさわらなくできてるんだ。
だいたいがカツ丼みたいな値段なのだ。
豚に下味をつけて、揚げて、煮て、卵でしめて
ごはんに乗せる。
おしんこも付けてお茶も出す。
テマヒマ考えたら絶対おかしい。
値段というものはいちいち考えていると
全体がまちがっている事がわかる。

11月22日(日)
東海テレビ40周年記念で上岡さんの番組にゲスト。
暖かい服装で、と言われ、そうして行ったら
この日はめちゃめちゃ暑い。
寒いと人は笑いにくいと聞くが、暑いのもこれまた。
帰りの新幹線でいいパソコンをやってる人を見た。
パソコン、SONYの「バイオ」を注文したら、
あまりに人気のため発注も間に合わず、
いつになるかわかりませんと言われる。
柔らかく断わってまあす、ごめんくださあい、という感じ。
商売人が何をしとるか。
実家なら徹夜して作るところだ。
ウチに発注しろ。

1998-11-29-SUN

第15回

11月23日(月)
甲府の夫の実家へ行って泊まる。
ここは自分の実家(忙しい)よりもいつもよく眠れるし、
よく食べる。
何もなくて、と言われるが、
ホントに何もなくて、私も何もしない。
ばあさんと庭で焚き火しながらしみじみと焼き芋を焼いた。
夫のコドモ時代の話に、コドモと笑った。
小学校の帰り、生まれて初めてヘビを見た時、
「僕、ヘビ見たよ!」と興奮していうので、
「そうけ、どんなヘビだった?」と聞くと
「北島三郎みたいな顔!」と
そのまま真顔で言ったんだそうだ。
笑いながらなんだかちょっとしみた。
ここんちの葡萄で作った密造ワインを飲んで寝る。

11月24日(火)
午後起床。
マイニューファミリーは起きてこないので
ひとり畑をうろつき、春菊などをゲット。
またじいさんばあさんが焚き火。
コドモは何とかとかいう学校の記念日となり、
今日も学校が休み。
宿題をやらせるが、小数点なのに、
途中で「0÷3=」という問題。
ニューファミリーで苦戦。頭が混乱。
割れるわけないわ、ミスプリ、という結果に。

そういえばいつか、
コドモの友達二人が家に来て三人で宿題をやってた時、
ぐちが聞こえておもしろかったのが、
「国語の問題はまだいいけど!
算数っていつも、みかんの数を、出しなさい、とか、
幸子さんのおつりは、いくらか、とか、
自分の事聞いてんのに言い方がぜったい
命令っぽく書いてあるからむかつく。」
だ。
そら、まったく正論だ。
私の時代でも、そういうところあったあった。
人様に、なさいって事はないよ。
わかるよそれ! と隣の部屋から顔を出した。

11月25日(水)
日テレ「メレンゲの気持ち」ナレーション。
そのあと伊勢丹で買い物。
かーわいい洋服や毛布で作ったバッグなど
一気に買って、家で総計してみたら
結局20万円ほど使ってしまった。
しかし、どれもこれも後悔しないものってカンジ。
今年一番損したかな、と思えるのは英和ペンかなあ。
モノマガジンを読んで、つい購入。
ラインマーカーのように英語の部分をなぞると、
ペンに日本語で訳して出る、というヤツ。
英文の本を読む時、きっといいぞ、と思ったのだが、
そんな機会ないじゃないの。
ま、いつかね。
英和ペン
英和ペン

1998-12-01-TUE

第16回

11月26日(木)
アナウンサーという職業の女性はどうしていつも会うと
「さあ、あなたのギャグに、笑ってさしあげますよ!
 さあおっしゃい!」
という笑顔で接してくるのだ。
「シルバーシートに手作りのクッションを置きました!
 さあ座って!」と、感じる。
ちょっと座ったとたんに、目の前で笑い踊りをしてくれる。
本番電車は降りられないし。
乗り込む前も、「今日、寒いねえ、」と言っただけで、
「やだあ! 寒いですよそりゃ! 冬ですから!」
とひとり爆笑している。ちっともおもしろくない。
うざったい。
うざったいといえば
IZAMの前髪。

11月27日(金)
NHKぴかいち倶楽部出演。
そのあと中川さんらと3人で海砂利水魚のライブ。
笑った。
ちゃんとネタを作ってて、えらいなあと思った。
上田さん、メールではけなしあってるが、
今日はまじめに誉めメールを作文した。

母親の誕生日なので、電話した。
毎日何時に起きてんの?
と聞くと、「今は4時半くらい」と言う。朝のだ。
びっくりしたが、
5年ほど前に「弁当・かやく屋」を開業して以来、
そういう決まりでいたのだった。

私は「年中無休」って
当たり前の商人生活だと思っていたんだけど、
中学生頃に「普通は週1日は休むもの」だとわかった。

11月28日(土)
天才テレビくん2本撮り。
ヘアメイクさんがうまい人だった。

そのあと府中の森で矢野顕子さんのコンサートへ。
私にとっては一番大切な日。
暗くないのになんで泣けるのだろう。
芸術はそもそもそういうふうにできているのかな。
糸井さんは天才だ。

始まる前、パンフを見て心で舌打ち。
「曲のアンケート結果」が
ひとりひとりのっていたんだけど、
これが家にもFAXで来てた内容と同じ。
事務所にやたらイタズラみたいなアンケートが
来てた時期で、電話が入らないアンケートはあやしいのだ、
として無視しちゃっていた。
本物だったのね。
しかし、そんな事などは小さく思えてきた。

一緒に行ったのは、
私のライブを全部見ているファンの女の子で、
そのうち一回二回と矢野さんのコンサートに行くうちに、
こっちにはまっちゃった、清水さんに感謝してます!
というヒト。
そういうところが好きだが、考えて見れば
なんだそれは。

帰りに二人でお鮨やさんに行くが、
久々の外食なのに興奮しててあまり食べられず。
喜びは食欲を減退させる、という格言はどうか。

昔から、矢野顕子さんの顔と、渥美清の顔だけは、
いきなり本やポスターなんかで見てしまうと
ウッとくるものがある。
意味は違うけど。

お鮨やさんの帰りにどうしても歌いたくなり、
私の家でマネ聞かんか、と誘おうかと思ったが、
コンサート直後では似てないのがばればれだと計算し、
別れ、家に帰って夫にどんなに幸せだったかを語る。
夫は風邪を引いてて少し迷惑そうだった。
ピアノ、聞かないよね? と聞くと「今度でいい」、
とせきをしながらもヨワヨワしく
答えたので、あやまりつつも
そのテンションの低さについ笑ってしまった。

1998-12-03-THU

第17回

11月29日(日)
以下はN.Yにいる友人、高平みくからのメール。

昨日、書き忘れたのですが、日曜日に
"Life is Beautiful"という映画を見ました。
それが、とっても良かったので見て下さい。
ロベルト・ベッジーニ監督・主演で、映画の中盤から
突然ホロコーストの話になってしまうんですが、
それが、別に泣かそうとしているわけではないのに、
泣けて泣けて。
家に帰ってから想い出してもう一回泣いてしまいました。
やっぱり、私は平和至上主義です。
人が人に悪いコトしてはいけません。
そう思って、今日"Babe"を見たら、
豚にも悪いコトしちゃいけないなぁと思いました。
でもなぁ、食べたいし。
"Babe"でも泣いてしまったんですが、
やだなーなんででも泣く人間だと思われたらば。

さて、いつも思うのですが、メトロポリタン美術館に
なんだか稚拙な作品が展示してあり、
別段だれも見ていない一角があるのです。
そこに、こっそり自分の作品を置いてくるっていうのは
どうでしょう。
もう、盗むとかじゃなくて、無理矢理置いてくる。
レーベルとかもそっくりに造って。
これからは、やっぱりそうじゃなくてはいけないと
思うんですよね。
で、「私の作品ね、メトロポリタン美術館所蔵なの」
って自慢するの。
へーそれはすごいね、って感心されるでしょ。
最近、ちょっと考えていたんですけど。

みくちゃんという知人は上のように、とても文章が面白い。
話ももっと面白いのだが、声はもっと面白い。
ただ、babeで泣くな。

ところで今朝は学校からの指令で、遊歩道の掃除。
家の掃除もヘタなのに、なんで、シンデレラ。
掃いてるそばから風が吹き、
軽やかに落ちてくる枯葉にむかっ腹が立った。
枯葉よー、ソラシミー、は掃除しなかった人間の歌。

そのあと「天才てれびくん」の来年分の2週撮り。
昔、大阪でやってたレギュラーの
コドモ(小3・girl)と一緒になった。
「清水さんな、あの頃とちいとも変わらへんなあ。
 あのな、うち、清水さんいつかやった
 『おら田舎者じゃけのう』と言った時の顔、
 時々思い出して夜中、笑うとったねんで」
なんの事かわからないが、私ならいかにもやってそう。
そうかそうかと喜ぶ。
そのあとも
「うちの担任の先生な、授業中にな、気がつくとな、
 のどぬーるばっか塗りよんねん。ごっつ気分悪いねん」
も、よかった。
のどぬーるかあ。

11月30日(月)
このHPにある、「プラグイン幼稚園」を教えるたびに、
知人からも感謝の声。
私も簡単につなげた。
私にお礼がくる。ぱくっ。
ソニーのバイオ、業者さんから電話があり、
なんと探したらあったのだそうだ。
わーい。

そのあと晦日にオンエアの「今日の料理大賞」へ。

ところが料理の時、
どうしたことか偉い歌舞伎役者さんの手が
アップになるとぶるぶる震え出し、
カメラが遠くにひくと、ピタリと止まる。
またアップになるとぶるぶる震え出す。
カメラさん、「どうしました?」と聞きながらも
笑いをこらえる震えが止まらず。

このラストで周富徳さんは
「表彰状」がなかなか言えずに
「しょうひょうじゅう」とか
「ひょうしょうちゅう」
「ひょうじょうしょう」
など、ひょうひょうと落ちついて
何度もまちがえたのも苦しかった。

「今日の料理大賞’98」

そのあと、ルーさんが
タレントコーナーの、優勝を発表する。
スタッフにわざわざ
「一等賞はダレダレか、第一位はダレダレ、
 のどっちかの言い方でお願いします!」
と言われたのに、ミックスしてしまい
「第一等賞は!」発言。
ついに場内、ふっきれたように笑った。
第一等賞。

1998-12-05-FRI

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