俳優の言葉。 001 本木雅弘 篇

ほぼ日刊イトイ新聞

俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

> 本木雅弘さんのプロフィール

本木雅弘(もとき・まさひろ)

1965年12月21日生まれ。いて座。

第7回 金曜日の夜のうれしさ。

本木
あ、そういえば、さっき
「うれしいときって、どんなとき?」
みたいなことを、
私、聞かれたと思うんですけど‥‥。
──
はい、うかがいました(笑)。
本木
ひとつ、昔からずっと変わらないのは、
独身のときも、結婚してからも、
今日から1週間、もしくは明日までとか、
あるいは今から1時間‥‥でも
何でもいいんだけど、
ようするに、
「これから自由時間」ってとき(笑)。
──
が、うれしい?
本木
そう、ひとまず拘束がない、
仕事や家庭からの責任から少し逃れる、
そういう、ひとりの時間。

ノルマを達成して、
「今からしこたま食べて太っても、
 一週間くらいは問題ないな」
とかね、そういう
緊張感を孕んだ時間が過ぎ去った瞬間が、
うれしいですね。
──
いいですね(笑)。
本木
ぜんぜん役者の話じゃない‥‥。
──
いえ、でも、今おっしゃったことって、
人が、ふつうにうれしいことですよね。

金曜日の夜って、
誰だって当たり前にうれしいですもん。
本木
うん、生きていくって、そういう‥‥
大げさでもない、
どちらかっていうとつまんない、
じつにちいさなうれしさのくり返しで、
できてるじゃないですか‥‥なんて。
──
でも、そうだと思いますよ。本当に。
金曜日の夜のうれしさ。
本木
現実の世界では、私は、
やっぱり狂人にはなれないと思うんです。
──
狂人?
本木
演じるなんて、ある種、狂った行為じゃない?

だからこそ、
ひとりの時間でリセットしておかないと‥‥
レンズに覗かれることから離れて、
ぼーっとしててもいい、
イケナイことを空想、妄想しててもいい、
どんな顔をしていても怒られない‥‥
そういう時間を奪われたら、
私、生きていけないかもしれないなあ(笑)。
──
映画やドラマの撮影が終わったときには、
解放感を感じるものですか?
本木
それはもう、感じますよね。

すべてが終わったら、
台本をゴミ箱にバーンと捨てるんですけど、
その瞬間が、
私、もんのすごく気持ちがいいです(笑)。
──
そうなんですか(笑)。なぜでしょうね。
本木
そうじゃなきゃ、こんな性格ですから、
「あのときのあのシーンの自分のあの表情、
 ぜんぜんよくなかった、
 たしかに相手だってよくなかったけどさ」
とか、
「あそこ、
 なんであんな解釈しちゃったんだろう。
 ホントにアホだな、
 これで役者って言えるかよっ!
 ああ、ああ、ああ、
 もう一回やり直したいけど、後の祭りだあー」
みたいな狂態を晒しますので(笑)。
──
じゃあ、「台本ゴミ箱バーン」は、
そうならないための儀式というか(笑)。
本木
自虐封じの自虐行為なんですよ。
とりあえず台本バーンと捨てるのが‥‥(笑)。
──
あの、本木さんのキャラクターって、
どうやってかたちづくられたんでしょうか。
本木
私の性格? うーん、ひとつには、
私は、埼玉県の中途半端な田舎町の出身で、
実家は元「豪農」で‥‥。
──
豪農! 久々に聞く感じです(笑)。
本木
そこらへんの土地が
ぜんぶ自分ちだったみたいな家に育ったんですが、
豪農でも豪邸じゃなく、
大きいけれど古びた家の窓から、
風光明媚とは言えない、
ただの田園風景を眺めていました。

東京は遠くないのに「都会」とはかけ離れていて。
──
ええ。
本木
そういう、なんとなく半端もんの、
どっちつかずのコンプレックスがずっとあります。

ある時期まで、本当に、
「同じ大きな家なら、
 自分は、どうして、ヨーロッパの王子さまに
 生まれなかったんだろう?」
とか真剣に僻んでたりして。アホですよね(笑)。
──
ヨーロッパの王子さま‥‥。似合うけど‥‥。
本木
ヨーロッパでも、小国でいいんです。

革靴を履いていたり、執事がいたりして、
生まれながらに「国」という
重たいものを背負い、
波乱万丈ではあるけれど‥‥
その人生でしか見られないものばっかりで。
──
そういう人生ならよかったのに、と?
本木
うん、思ってました。割と最近まで(笑)。
まっ、
凡人のコンプレックスってことなんですが。
──
本日、本木さんのお話をずっとうかがってきて、
有名な役者さんだからといって、
特別なことはない、
役者の前に人間だという、当たりまえのことが、
あらためて、よくわかった気がします。
本木
ぜんぜんいいこと言えなくて、すみません。
演技論だとか、何とか‥‥。
──
たしかに、役者さんをインタビューするなかで
「どんな瞬間に、うれしいですか?」
と聞いて、思いもよらない答えが返ってきたら、
「やった!」って思うかもしれません。

でも、それが本音かどうかは、また別ですよね。
本木
何かを聞かれたとき、
スッと素直に答えるのって難しいですもんね。
──
でも、金曜の夜みたいな自由時間がうれしい、
というお答えは、
びっくりするような答えじゃないんですけど、
「本音なんだろうなあ」としみじみしました。
本木
別の意味で思いもよらないと言うか、
びっくりしちゃったかもしれませんけど‥‥。

ふつうすぎて(笑)。
──
本木さんは、今後も、
今みたいな気持ちを胸のどこかに抱きながら、
役者業を続けていくんでしょうか。
本木
どうなんでしょうかね。
──
10年、20年と役者であり続けて、
60代、70代と、歳を重ねていくなかで。
本木
自分は、つねに、
自分のことを気に入ってないんです。

でも、それを「百も承知」なんです。
──
はい‥‥なるほど。
本木
だから「どうせ」とか、「たかが」とか、
いつも、言い訳のように頭にくっつけて、
ぐちゃぐちゃやってるうちに、
いつか、そんな自分のことを、
「されど」って、
認められるようになれたらいいなあとは、
思っているんですけどねえ(笑)。
──
あらためて今日は、
一貫して率直に正直にお話しいただいて、
うれしかったし、おもしろかったです。
本木
あ、そうですか。
──
役者という以前に、人としての話を聞いたし、
役者さんって、役者さんを経て、
最後は「ひとりの人間」として演じるのかな、
みたいなことを勝手に思ったりもしました。
本木
人としての話っていうか、恥の告白ですけど、
いやあ、まだまだ、隠してます‥‥。
──
あ‥‥‥‥‥‥えっと、はい、それは(笑)。
本木
それどころか、正直に話しているふりをして、
案外流しちゃった‥‥みたいなところも、
あったかもしれない(笑)。申しわけない‥‥。
──
最後の最後まで、正直ですね(笑)。
本木
大丈夫かな、成立するのかな‥‥心配‥‥。
──
大丈夫です。おもしろかったので。
本木
本当? 本当に大丈夫?

もしアレだったら、
もうちょっと、なんか、聞いてくださいよ?

<終わります>

2018-03-29-WED

写真:池田晶紀