80's
『豆炭とパソコン』のひとり旅。

第28回

連載を本にすることが決まってから、
私たちは、どうやって見せるのが一番いいのか、
ずっと考えてきました。

たとえば、
ウェブ上の表記と同じ横書きにするのか、
一般的な書籍と同じ縦書きにするのか?
文章は連載時のように文節で区切って改行するのか?
連載時の南波先生のレポートと糸井さんのコメントを
どうやって区別すれば読みやすくなるのか?
さらに、本のために糸井さんが書き下ろした文章を、
連載時のものと区別するにはどうしたらいいのか?
ミーちゃんの日記は、そのまま載せるのか?
イラストはどんな形で挿していくのがよいのか?
実用情報はどういうふうに載せればいいのか?
脚注はどうすればよいのか?

・ ・・等々、数えきれないほどの課題がありました。
そして、これら数々の問題を解決する救世主として
登場したのが、デザイナーの祖父江慎さんでした。

「この本にはこういう課題があって」
と相談するたびに
「うーん、そうですねえ・・・
 だったら、こうしたらいいんじゃないですか」
と明快な回答が逐一繰り出され、
読みやすく、楽しそうなデザインが
たちどころに出来上がりました。

時には、当初予定していた本文用紙を
「こっちの紙に替えましょうよ」
と言い出してみたり、
予算がオーバーすることなど気にかけず
「やっぱり見返しのイラストはカラーじゃないとね」
などとにこやかに主張してみたりして、
私が頭を抱える場面も幾度かありました。
しかしそこは「この人!」と見込んだ
祖父江先生直々の言いつけですから、
かわいい我が本の幸せのためになんとかしたい親心で
製紙・印刷担当者と祖父江さんの間を右往左往しながら
最善と思われる策を探しました。

祖父江さんにまつわるエピソードをもうひとつ。
絵本のように素敵な山田詩子さんのイラストですが、
詩子さんにまずラフスケッチを
描いていただいたときのこと。
私は一目見て「あ、いい感じ」と思ったのですが、
祖父江さんはじっと眺めて「うーん」と唸っています。
「どうですか?」
と声をかけると、
「詩子さん、迷っているようですねー」
とまるで易者のような一言が返ってきました。
「ミーちゃんに遠慮しているんじゃないかなあ。
 いつもの詩子さんの描く絵の可愛らしさが
 十分に出ていないような気がします」

そしてその直前に祖父江さんと詩子さんが
一緒に作った本を取り出してきて、
「ほらね。タッチが伸び伸びとしていて、
 可愛いでしょう」
と見せてくださいました。

そう言われて改めて詩子さんのラフを見ると、
確かにミーちゃんご本人にはよく似ているし、
iMacなども上手く描けてはいるのですが、
祖父江さんが取り出した本のイラストを比べると、
どことなくタッチがぎこちないようにも思えます。
うーむ、と私が考え込んでいる間にも、
祖父江さんはラフのコピーをとり、
着々と詩子さんへのアドバイスを書き込んでいます。

「これを詩子さんに渡してみてください。
 詩子さんだったら、もっといい絵が描けるはず。
 もし迷ったら、ボクに電話をくれるように言ってね」

手渡された紙には、いくつかの細かいアドバイスに
こんなメッセージが添えられていました。

「似せることに気をつかいすぎないように、
 たのしくステキな絵を楽しみにしてます」

祖父江さんから預かったアドバイスを
早速詩子さんに伝えると、詩子さんの第一声は、
果たして「ああ、やっぱり見抜かれましたか」でした。

訊けば、祖父江さんの推理は見事的中していたらしく、
ミーちゃんご本人に会ったことで
かえって気を使ってしまい、
これで本当にいいのか?ミーちゃんに失礼じゃないのか?
と迷いながら描いていたとのこと。

でも、祖父江さんのアドバイスを受けてからの
詩子さんのイラストは以前にも増して
伸び伸びとしたタッチで描かれ、
その迷いはすっかり吹き飛んだようでした。
穏やかな人柄の中に鋭い視点を併せ持った祖父江さんと、
深い思いやりを持ちつつも、
きっちり仕事をこなす詩子さん。

この一件は、私にとってお二人の人柄や姿勢を窺い知る
印象的なエピソードのひとつとなりました。

こうした幸せな環境の下、幾多の試行錯誤を乗り越えながら
『豆炭とパソコン』は伸び伸びと個性を伸ばし、
立派に独り立ちすべく、準備は着々と進んで行ったのです。

2001-02-24-SAT

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