magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


ちぇっ、バカにしやがって

おじさんは、午後5時になると
お酒を飲むことに決めていた。

5時前に飲んでも、誰も怒らないのだが、
おじさん自ら決めたルール。
おじさんは毎日、午後5時を辛抱強く待つのだった。

時に、

「ありゃぁ、まだ5時じゃないのか。
 この時計、遅れてないか」

などと、時計に文句を言ったりしていた。

で、5時になると、始めて気付いたように、

「おやおや、もう5時かぁ。
 しょうがない、酒でも飲むかぁ」

なんてひとりごとのように言いつつ、
ウイスキーを飲み始める。

しばし飲み続けると、ちょいと赤ら顔になり、
ご機嫌そうな顔になりながら、

「ちぇっ、バカにしやがって、なぁ」

と、つぶやくのだった。

私はこの家の居候で、おじさんの、

「ちぇっ、バカにしやがって、なぁ」

を聞いて、なぜか心なごんだ。

マジックの仕事であちこち出かけ、
様々に不快な思いをした日々、私の方が、

「ちぇっ、バカにしやがって、なぁ」

と、ぼやきたかった。

ところが、おじさんが、

「面白いマジックをやってるのに、ウケない。
 ちぇっ、バカにしやがって、なぁ」

と、
代わりにぼやいてくれているような気がしたのだ。

きっと、私の浮かない顔を見て、
おじさんなりの励まし方をしてくれたのだろう。
私は今も、そう思っている。

ありがとう、おじさん。

そんな夜を思い出しながら、ワインを飲んだ。
おじさんをまねて、

「ちぇっ、バカにしやがって、なぁ」

と、もう一杯、もう一杯・・・。

やはり、飲み過ぎはよくない。
翌日は久々の二日酔い。

「ちぇっ、気持ちが悪い、なぁ」


こんな日は、新宿で
『おろし蕎麦」を食べるに限る。

不思議なことに、
この店の『おろし蕎麦』を食べると、
二日酔いの気持ち悪さが見事に消えていく。

半分くらい食べた頃には、
弱った胃腸が完全復活したような気分になる。

食べ終わった頃には、

「ビールでも飲んじゃおうかな」

てな感じ。

うまい、つゆ。
うまい、蕎麦。
蕎麦湯が、これまたうまい、うま過ぎる。

地味目な皿に蕎麦、かつぶし。
黒い椀に白い大根おろし。
甘からず辛からず、おろしになじむ、つゆ。

私は思わずひとりごちてしまう。

「ちぇっ、バカにしやがって、なぁ。
 うまい、うまい、うま過ぎる、なぁ」


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2018-04-29-SUN
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