magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


そういえば、今年は戌年。
私は年賀状の束を眺めつつ、ワンちゃんたちとの
出会いを思い出していた。


< 愛しい爪音 >

とある事務所のドアを開けようとすると、
いつもドアの向こうから聞こえてくる。

チャッチャッチャッチャッチャッチャ・・・。
そう、あのワンちゃんが来客を迎えるべく
床を疾走する爪の音。

ドアを開けるやいなや、
ワンちゃんはピョンピョン飛び跳ねながら
私の懐に飛び込もうとする。

ソファーに座れば、すぐ側にちょこんと座り、
妙に大人しくしている。

「すいませんね、小石さん。
 なんかねぇ、この子、男性が好きみたいで」

ふと思う。
犬に嫌われるほど悲しいことはないなと。
よかった、すごく嬉しい。

本当は、私の加齢臭が気になるだけかもしれない。
汗の臭いかもしれない。
それでもいい、嬉しい。

犬種はジャックラッセルテリアというらしい。
だが、犬種なんてどうでもいい。
可愛い。

その後、あちこちで
ジャックラッセルテリアを見かけたりもしたが、
心の中で、
「あのワンちゃんの方が、幸せそう」
なんて思ったりする。

事務所はその後移転して、
もうあの愛しい爪音を聞くこともなくなった。

それでも、あのチャッチャッチャッチャッ・・・という
響きは、私の耳の奥に確かに残っている。


< 白くて大きい >

原宿をぶらぶら歩いていると、
向こうから大きな真っ白い犬がやってきた。

リードを持つご婦人は、犬の後ろに隠れるように
立っている。

私は思わず声をかけた。
「ずいぶん大きいワンちゃんですねぇ。
 背中に乗れそうですもんね」

ご婦人は、

「うふふ、乗ってみますかぁ?
 ところで、お願いなんですが、ちょっとだけ
 ワンちゃんを預かってもらえるかしら?」

ご婦人は近くのブティックで洋服を買いたいのだが、
その店はペット同伴禁止で困っているとのこと。

私はふたつ返事でOKし、

「じゃぁ、この近辺を
 ワンちゃんと散歩してきますね」

いやはや、楽しいことになった。
大きいけれど、めちゃおとなしい犬ではないか。
私はにわか飼い主となって、
遊歩道の真ん中を闊歩した。

「あれ? マジシャンの方ですよね?」

見知らぬ人から声をかけられた。

「ずいぶん大きなワンちゃんを飼ってらっしゃるのね。
 で、ワンちゃんのお名前は?」

私は激しく動揺しつつも、

「はい、こいつはモンタンですね、はっはっは」

「へぇ、そうなのね。
 モンタンちゃん、あなたはどこの生まれかしら?」

「あ、いや、そのぅ、日本生まれの日本人、いや、
 日本犬、いや、違うか、へへへ。
 なぁ、モンタン」

呼びかけても、当然ながらワンちゃんは知らんぷり。

ウソも限界と、私は逃げるように
ワンちゃんとともに走り出した。

白くて大きいワンちゃんは、
不思議そうに見つめながら、
私の顔の冷や汗をペロリとなめた。

まるで、

「ねぇ君、少し、落ち着こうよ」

とでも言いたげに。

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2018-01-21-SUN
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