magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『夏の豪華客船クルーズ』


「豪華客船ですよ、小石さん。
 美味しい料理、カクテル、カジノもあったりして。
 プールやジャグジーで遊びながら、
 海沿いで打ち上げられる花火を観られるんですって」

マネージャーの説明を受け、
私は喜び勇んで横浜港大さん橋へと向かった。

3泊4日、大型豪華客船クルーズの旅が、
いよいよ始まるのだ。

板張りの大さん橋のエントランスで、
スタッフの方が迎えてくれた。

見えてきた豪華客船は、なんと12階建て。
まるで大型マンションかホテルのように
海にそびえている。

入り口で私の名前と部屋番号が書かれた
バーコード入りのカードを渡される。

「このカードだけで船内のお買い物、食事など、
 すべてご清算できます。
 お財布をお持ちいただく必要はございません」

フロントは5階にあり、6階は映画を楽しむシアター、
小さな図書館、和室、パソコンルームなど。
7階にはレストラン、ラウンジ、バー、
ダイニングサロン、お土産などが並んだショップもある。

8階には大ホール、ダンスホールなど。
9階へエレベーターで昇ると高い天井のメインホール、
茶室やカラオケルームまである。

10階はスイートルームやロイヤルスイートルーム、
広々としたスポーツデッキ。

部屋のランクはステートルーム、デラックスルーム、
スイート、ロイヤルスイートなどに分かれている。

もちろん、ロイヤルスイートルームで
優雅に過ごしたいと思う。

しかし、私は今回も客ではなく、
あくまでエンターテインメントを提供する身、
ロイヤルスイートの部屋は見学のみで、
部屋は下の階の普通部屋。

ある夏の夕べの出来事を思い出す。

私はホテルのスイートルームで楽しむ花火大会に
招かれた。
空調の効いた涼しい部屋の大きな窓越しに、
海上に打ち上がる花火を楽しむのだ。

部屋には当然のようにバーがあり、
シャンパンを片手にソファーに埋もれて
花火を観るという贅沢。

窓の下では、大勢の観衆が押し合いへし合い、
前へ前へと進んでいる。

暑くて大変だろうと見つめると、
彼らはなんとも楽しそうな笑顔、笑顔。
笑顔の川になって、ゆっくりと海に向かって
流れて行くではないか。

おやおやとスイートルームの方々を振り返れば、
皆さん妙にぼんやりとした表情で花火を眺めている。

そうか、窓が閉められているので
花火のあの体まで震えるようなドーンという音が
聞こえてこないからだろうか。

窓越しの花火はテレビの中でピカピカと光る、
まるで電飾のよう。

もう一度窓下の人々を見てみると、
いちいち大音響に反応してワーワーキャーキャー、
めちゃ楽しそう。

「あぁ、うらやましい」
私は心底、そう思ったものだ。

しかし、人生はその場その場を目一杯楽しむもの。
隣の芝生は青く見えるだけ、そういうものなのですよ、
きっと。

さて、乗船初日の夜のメインイベントは
我々のマジックショー。

お客様が続々とホールに詰めかけ、
中にはドレス姿の女性もいて、まばゆく華やいでいる。
失礼ながら、演芸会に来るお客さんとは
ずいぶん違う雰囲気。

私もついつい気取って、
「Ladys and gentleman !
 Welcome to our magic show ! 」

なんて始めたのだが、次が続くはずもなく、
「というわけで、まだやっているナポレオンズですよ〜!」

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2016-09-18-SUN
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