magic
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『まだやっている』


R大のH教授の指令を受け、
私は府中へと向かった。

会場には大勢の高齢者が詰めかけていた。
今日の私の講演は
『なぜ人はダマされるのか?』と銘打たれ、
おもに高齢者を対象にしているのであった。

「皆さ〜ん、まだやってますよ〜!」
後方から前に進んで登壇すると、客席から、
「こっちも、まだ生きてるよ〜!」
思わぬ反撃を喰らい、出だしから激しく動揺する。

しかし、見た目は高齢でも
皆さん意気軒昂な様子に、
俄然、闘争意欲が高まるのであった。

講演は40分の予定だったが、
皆さんとのやり取りで盛り上がり、
50分を越してしまった。

最後に、
「皆さんは今日、僕の有難いお話を
 たぶん忘れちゃうと思いますが、
 僕のことは忘れないで、また呼んでくださいね」
と、締めくくった。

すると、最前列のお婆さんが、
「あの、アレ、アレはやらないの?」
と聞いてきた。

私は袖に置いておいた
『あったま・ぐるぐる』ネタを
すっかり忘れていたのだった。
「皆さんが覚えていてくれるのに、
 僕が忘れてました、
 ははは、すいません」

あらためて、心を込めて
いつもより余計に頭をぐるぐるした。

控え室に戻り、
「頭の外側だけは良く回るんですよ。
 でも、頭の中身が良く回らなくなりました、
 へへへ」

そうぼやくと、スタッフの方々は大笑い。
「少しは否定してくれよ」
そう思う私であった。

翌日の昼時、電話が鳴った。
携帯の画面に、
某局のプロデューサーの名前が出ている。
「はいはい、まだやってますよ〜!」

「あれぇ、もう引退したかと思ってたよ」
お人が悪いプロデューサーであった。

「でね、超優秀というか究極の技というか、
 そんなマジシャンて、いるのかねぇ?
 いたら、紹介してほしいんだけど」

私は即座に、
「います、います。
 あのねぇ、39年目で超優秀で究極の技の持ち主で
 もはや伝統芸でナポレオンズという‥‥」

「ははは、それも良いけどさ、
 『まだやっている』じゃなくて
 『今だ!』みたいなマジシャンて、いる?」

私は数人のマジシャンの名前を伝えつつ、
「でも、『まだやっている』マジシャンも
 いいと思いますけどね」

粘ってみたが、
「ありがとう、
 俺も『まだやっている』プロデューサーだけど、
 今回の企画は『今だ!』なんだよ」

次に電話がかかってきたら、
「『まだやっている』じゃなくて
 『今だ!』のナポレオンズです」
そう言ってやろうと、私は密かに決意した。

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2016-06-19-SUN
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