MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ゆえに私は旅に出る』

最近の師匠方は、
あまりしゃべらない人が多くなったような気がする。
なんとなく、楽屋が静かなのだ。

若手の師匠が苦笑まじりに言う。
「そりゃぁ、落語界も高齢化だからですよ。
 師匠たちがみんな年寄りになって、
 高座でしゃべるので精一杯なんすよ」

今回ご一緒する師匠は、高齢ながら話し好きで、

「あたしは、仕事が好きですよ、えぇ。
 だから、頼まれりゃぁ、
 どこへだって嫌がらずに出かけますよ。 
 ただね、ちょいと贅沢を言わせてもらうと、
 あまり遠くの仕事ってぇのは、どうもねぇ・・・。
 
 いや、高座に上がってしゃべるのは大好きですよ。
 だけれども、その高座にたどり着くのに、
 長く電車に乗るとか、
 羽田に行って飛行機で飛んで、というのが
 おっくうでね。

 贅沢は言わない、
 家からせいぜい1時間くらいのところでさ、
 2、30分、高座を務めて、
 お足(お金)をいただける、
 そんな仕事が大好きだねぇ」

思わず私が、
「師匠たちには、寄席があるじゃないですか。
 家からだいたい1時間くらいのところで、
 浅草だったり、上野だったり、新宿や池袋にも」

そう問いかけると、師匠は、
「そうだけれどもさ、寄席は確かに近いけれど、
 ここだけの話だけど、寄席はお足が少ないのが、
 いけません」

ごもっともでございます。

そういう我が業界の諸事情により、
私は今日も羽田に向かうのでありました。
羽田から1時間半ほど飛び、
車で30分くらいの町に着いたのは、
もう午後11時を過ぎた頃。

しかし、たどり着いたホテルには温泉があるのだ。
部屋に案内され、すぐさま浴衣に着替えて温泉へ。

温泉には誰もいなかった。
湯船から溢れる温泉のザァザァという音、湯気モウモウ。

桶で湯をすくい、掛け湯をし、湯船にドブン。
始めは熱い湯が体を刺すようだけれど、
すぐにいい湯加減になって、思わず、
「うぅ、あぁ、はぁぁぁ」
と呻く。

湯気の向こう、窓越しに露天風呂が見えた。
ドアを開け、冷たい石畳を歩いて露天に入ってみた。
外気に冷やされたのか、中の湯よりぬるい湯だが、
この湯も、
「はぁぁぁ、うぅぅぅ、あぁぁぁ」

湯船のすぐ横の木にツララが何本もできていて、
透明な葉のように揺れている。
湯から出ている顔に、夜風が痛いくらい。

中に戻り、桶の湯を頭から何度もかぶり、
湯船にザブン。
温泉の熱さが皮膚を通り抜け、
贅肉、筋肉を通り骨まで。
骨がジリジリと温まってゆくのが分かるような気がする。

部屋に戻り、冷蔵庫のビールを取り出した。
窓の外は吹雪いていて、
ザーザーと木々の揺れる音がする。

早々に酔っ払い、布団の中。
「明日、起きたらまた温泉に入ろう、むふふふ。
 遠かったけれど一泊、温泉付きの仕事も良いもんだ。
 温泉付きの寄席っていうのは、どこにもないもんなぁ」

そう独りごちながら、深い眠りに落ちた。

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2016-02-07-SUN
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