MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『泣かないで〜!』

今日のステージはひとりナポ、
つまり、私ひとりで
30分のマジック・ショーを務めるのだ。

ショーのスタートはカード投げにした。
トランプを指先で弾き、遠くまで飛ばす技術で、
私の数少ない得意技なのだ。

トランプは客席の後ろの方まで飛んでいく。
観客の望む方向にコントロールしながら、
満遍なく投げていく。

「はい、皆さん、今日のマジック・ショーは、
 ただこうしてトランプを30分、
 投げておしまいです。
 とてもシンプルな、
 見やすい構成になっています」

などと言いながら、投げる、飛ばす。

しかし、本日は野外ステージであった。
半円形のすり鉢状で、なぜかステージと客席の間に
3メートルくらいの堀があり、
水が張ってあるではないか。

いやいや問題なし、私のカード投げは
3メートルの堀など軽々と超えて飛んでいく‥‥
はずだった。

残念ながら向かい風が強く吹いていて、
投げたトランプのほとんどは客席まで届かず堀に落ち、
水面にプカプカと浮いている。

まぁ仕方ない、こういうこともあるさと自らを慰め、

「今投げたカードの中に、ハートの3があります。
 ハートの3を受け取った方は、
 後でスタッフの人に、
 『ハートの3を受け取りました』と言ってください。
 そうすると、スタッフの人が
 『そうですかぁ』と言います」

大人だけが笑っているが、その笑い声も風に吹かれて
高い空に吸い込まれていく。

こうなると、早めに傑作ネタを観せて
局面を打開しなければならない。
私は早めに『美女のブスブス』マジックを
やることにした。

若くて美しいママさんをステージに招き、
そのか細い首に剣を遠慮なくブスブスと刺すという、
実にスリリングなマジックだ。

「もし失敗しても安心してください。
 必ず謝ります」

などと言いながら、ピカピカ光る剣を
ママの首に刺そうとした。

すると、客席から大きな泣き声が聞こえてきた。
泣き声の方向を見ると、小さな男の子が
滂沱の涙を流して泣いているではないか。
そう、ステージに上げたママの子供であった。

私は大いに驚き、周章狼狽して男の子に叫んだ。

「だ、大丈夫なんだよ、
 だって、これってマジックなんだから。
 ママはちっとも痛くなんかないんだよ、
 ちゃんと仕掛けがあって本当に刺さるわけじゃ‥‥、
 あ、いやいや、刺さるんだけどね」

男の子は更に声をあげて泣き続け、
ステージ上のママさんは
とても嬉しそうな表情を浮かべて
我が子の泣き顔を見ている。

刺さないわけにはいかない、
そうかといって刺したら‥‥。
私は逡巡しつつも、思い切って剣を刺した。

「ゴメンね〜、
 おじさんは剣を刺さないと仕事にならないんだよ。
 大人の事情なんだよ、そのうち分かるからね〜」

ママさんは剣を刺されながら
更に嬉しそうな笑顔になり、
男の子は急に泣くのをやめて
ポカンと立ち尽くしていた。

客席は温かい笑いに包まれ、
危険な剣刺しマジックは
微笑ましい親子の愛情マジックになった。

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2015-11-01-SUN
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