MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続・よみがえれ、我が健全なる身体』

私は近年、急速な視力低下に悩まされていた。
それで、専門医の診察を受けたのだった。

「間違いないですね。
 白内障です。
 それも核・白内障というもので、
 真ん中から濁ってきて、
 進行も早いものです」

結果、白内障の手術を受けることになった。

5月の、陽射しが眩しい日。

クリニックで2度目の検診を受ける。
院長先生が、

「手術の予定は、7月4日になっていますね。
 う〜ん、でも、それでは遅いかもしれませんねぇ。
 前回の検査から、もうかなり進行しちゃってますもの」

院長先生は更に深刻そうな表情を浮かべ、

「小石さん、来月の6日に手術というのは可能ですか?
 いやいや、6日でも遅いかもしれませんねぇ」

院長先生の、手術に向けての矢継ぎ早の指示で、
診察室の雰囲気が急に慌しくなる。

「小石さん、もう本当に急なのですが、
 明日、手術を受けていただきたいです」

私は返事をしようにも、あまりに急な展開で声にならず、

「へぇぇぇ」

という返事しかできなかった。

なんせ、注射1本だって
1時間ほどかけて恐怖に怯える自分自身を
説得しなければならない私である。
それが、手術、それも明日などと
突然の宣告を受けてすぐに反応できるはずもない。

だが、私に選択の余地はまったく残されていなかった。
院長先生の、

「明日、手術しましょう!」

という確固たる宣言に、

「はいはい、はいはい、はいはい‥‥」

なぜか、はいはいばかりを繰り返す私であった。

この手術は、とてもリスクの少ない手術であると
聞いてはいた。
しかし、私にとっては手術は手術、
いい歳こいて情けないが、
激しく周章狼狽しつつ、帰途についた。

すれ違う人々が健康そうで楽しそうで、
うらやましさのあまり泣きそうになった。
あぁ、私はなんと情けない人間なのだろう、
そう思うと余計に涙が出そうになった。

5月の、忘れられない日になりそうな日。
特別な準備はいらないそうで、
顔を拭くタオルを1枚、
持参すればいいとのことであった。

早めにクリニックに到着、
まずは顔をきれいに洗うよう指示され、
持参したタオルで顔を拭う。

その後、あれこれの検査、
点眼が繰り返されたように思うが、
実のところあまり記憶がない。
多くの患者さんたちが
クリニック内をぐるぐると移動し、
再び待合室に戻ってくる姿を
ぼんやりと眺めているばかり。

どれほどの時間が経ったのだろうか、

「小石さん、お待たせしました。
 手術室に入ってください」

靴を脱ぎ、手術着を上からはおり、
指示された椅子に座る。
右手に注射をされ、左手には点滴の針を刺される。

「チクっとしますよ〜」

ナースさんの声が聞こえる。
私は注射される腕を見るのが怖いので、横を向いていた。
だが、手術に向かう緊張からか、
注射の痛みをまるで感じずに済んだ。

手術室前室には、私の前に3人の患者さんがいて、
少しずつ手術室側に移動していく。

そしてとうとう、手術室前室は私ひとりになった。

どうやら、私の手術が本日の最後の手術になるらしい。
寄席で言えば、トリを務めるようなものだろうか。
寄席でトリを務めるのはたぶんないだろうから、
たとえ手術であってもトリを務めるのは
光栄というもんだ、などと、
手術への恐怖を紛らわすため、
変なことばかり考え続ける。

「はい、では小石さん、こちらへ」

促されてリクライニング・シートに腰掛ける。
目の周りに粘着シートのようなものが貼られ、
目がグイッと開けられ、
更に金属製のようなものがはめ込まれた。

もう、これで目を閉じることはできなくなった。
遠くにモニターのようなものが見える。
が、目が悪いので何が映っているかは分からない。
いや、きっと見えない、
分からないままの方がいいのだろう。

手術前に、手術のだいたいの流れを聞いている。
それで、何をされても何も感じないのに、
ついつい行われている手術を想像してしまう。

ボールペンの先で、白眼のあたりを
ツンツンされているのかなぁ。
痛くはないが、初めての感触だ。
続いて、濁った水晶体を吸われているような気がする。

「こんなに見えなくても、マジックはできたの?」

執刀してくださるカリスマ・ドクターが
質問をされるのだが、応える余裕などありはしない。

「少し、押される感触がありますよ」

そんなことを言われたような気がする。
今、人工の水晶体が埋め込まれているのだろうか。

本当に短い間に右目が終了、
すぐさま左目の手術が始まる。
左目も手術終了、助け起こされ、
手を引かれて手術室前室に戻る。

手術着を脱がせてもらい、
点滴の管を外してもらっていると、
執刀してくださったばかりの我がカリスマ医師、
レッド・スター先生が現れ、

「どう? 見える?」

初めて、我が恩人の顔が
はっきりくっきりと見えるではないか。

「み、み、見えます〜!」

私は飛び起きるようにして先生の手を握った。
先生は、

「これが、マジック〜!」

そうおっしゃりながら、前室を出て行かれたのだった。

5月の、手術した日の翌日の検診の日。
院長先生に診ていただく。

「小石さん、もう明後日にはお仕事があるんですよね。
 仕事しても大丈夫なのですが、注意事項があります。
 絶対に、がんばってはいけません。
 がんばるというのは、眼張る、
 眼を張るとも書きますよね。

 眼張ってはいけません。
 眼張ると、傷口が開いてしまうかもしれません。
 だから、絶対に眼張ってはいけませんよ」

私は始め、

「そうかぁ、がんばってはいけないのか。
 そりゃ困ったなぁ」

などと思っていたが、すぐに思い直した。

「そうだ、いつものようにやればいいんだ」

          (おわり)

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2015-06-21-SUN
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