MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『人生なんでしょう』

電車に揺られながら、仕事場に向かった。
楽屋口から入り、
「おはようございま〜す」
「おはようございま〜す、よろしくお願いしま〜す」

時刻は午後1時近いのだが、我が業界はいつだって
「おはようございま〜す」
なのだ。

長年、この業界にいるのだけれど、午後でも夜中でも、
「おはようございま〜す」
というのには、慣れないなぁ。

袖からステージを伺うと、音曲漫才のふたりが
賑やかにアコーデオンを奏でたり、
色鮮やかな針金で動物などを形どったりの
パフォーマンスの真っ盛り。

音曲漫才というから、
ご高齢の方々かと思い込んでいたら、
ずいぶんと若い男女だ。
「私たち、夫婦なんですよ」
その後の話の展開を聞くと、本当にご夫婦コンビらしい。

明るく愉快な音曲漫才に、客席も華やいでいる。
「へぇぇ、面白いなぁ」
ついつい観客のひとりになった気分で笑ってしまう。

でも、ふと思う。
「それにしても、色んな芸事があるのに、
 なんでまた音曲漫才を選んだのだろう?
 あの若さだし、他に選ぶ芸能もあっただろうに」

あれこれ思案を巡らせていると、
早くも次のパフォーマーが
ステージに登場した。
今度はジャグラーだ。

彼もまた、若いなぁ。
爪先にひっかけた帽子を跳ね上げ、
頭にすっぽりとかぶる技、
道路工事現場などで見かける、
赤い大きなコーンを3つも使ったジャグリング、
テーブルに乗ってのバランス芸、
どれもこれもスタイリッシュだ。

上下黒系の衣装で、今風の若者のスタイルだ。
となると、またまた思う。
「なんでまた、ジャグラーを目指したのか?
 他に、いくらだって芸事はあるだろうに。
 だってねぇ、帽子の技もコーンのジャグリングも、
 バランス芸だって難しいだろうに」

最後のほうは、しゃべって笑いも取っている。
お客さんをステージに上げて手伝ってもらうのだが、
お客さんはむしろ演者の足を引っ張ってしまう。
それが可笑しい。

客席は大爆笑だ。
すごいなぁ。
袖もスタッフさんたちも笑い転げている。
すごいなぁ。

で、再び思う。
「こんなに笑いを取れるんなら、
 もっと笑いを生かした芸もあるだろうに、
 なんでジャグラーなんだろう?」

ふと気づくと、ステージにはコント集団が上がっている。
今度はチャンバラ・コントらしい。
今はなんだか珍しいような気がする、
大爆笑のドタバタ芸。

ふと思う。
「なんでまた、チャンバラ・コントなんだろう?
 衣装だってチョンマゲのカツラだって、
 ずいぶんと本格的だし。
 
 お芝居も本物だよ。
 だったら、シリアスな芝居だってあるだろうに。
 それに、コントはコントでも、
 現代物のほうが楽っていうか、
 衣装だって選びやすいと思うよ。

 チャンバラだと、当たり前だけど着物だし。
 そうそう、刀だって特別なルートがないと
 手配できないだろうに」

あれこれ惑い続けている私にマイクが手渡された。
そうだ、次はおいらたちの出番だったっけ。

「皆さん、こんにちは!
 まだやっているナポレオンズです」

たった20分の出番、いつもの段取りのマジックなのに、
次のマジックがなんだったか忘れてしまう。
ステージを努めながら、

「なんで音曲漫才なんだろう?
 なんでまた、ジャグラーなの?
 よりによって、チャンバラ・コントを
 始めたのですか?」

頭の中で疑問が浮かんでは消え、消えては浮かんできて、
次のマジックはなんだったか
分からなくなってしまったのだ。

脂汗、大汗をかきながら袖に戻ると、
出番待ちの漫談家が声をかけてきた。
「いやぁ、相変わらずボケっぱなしですねぇ。
 笑っちゃいましたよ」

続けて、
「それにしても、なんでまたマジックなんすかぁ?
 コントとか漫才とか、やってみようなんて考えたこと、
 ないっすかぁ?」

私は何も応えられず、
「そういやぁ、なんでマジックなんだろう?」
と自問自答し始めてしまった。

本当に、なんでなんだろう。
答えなんか出るわけもないだろうし、出ても困るだろう。
人生って、いつまでたっても分からないもんだ。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2015-05-17-SUN
BACK
戻る