MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『即興役者への長い道程』

即興芝居のワークショップに参加することになった。

即興芝居とは役者が即興でセリフを考え、しゃべり、
共演者も即興で応えるという、
なんともスリリングな芝居形態である。

私は即興芝居集団のライブを観て、
その面白さに強く興味を惹かれてしまったのだ。

私のマジックも、あの即興芝居のような
スリリングな展開を理想としていて、
これはひとつ、学ばなければならないと考えていた。

そんな時、ワークショップのお誘いがあり、
喜んで参加を願い出たのであった。

さて、いよいよ当日、
私はワークショップ会場に向かった。

私の携帯は未だガラケーなので、
SNSのメッセージをPCで受け取り、
そいつをガラケーのメルアドに転送しておいた。
これで迷わず会場にたどり着けるはずだ。

最寄駅に着いた。
ガラケーのメールを確認すると、
『改札を出て右。すぐに緑道があり、左折。
 徒歩8分、緑道沿いにある◯◯センター』
とある。

改札を右に出て、しばし歩いても緑道がないではないか。
私はたちまち不安にかられ、歩いている女性に尋ねると、
「あぁ、もう少し先の、ほら、あそこです」
私は目が悪いので、ちょっと先の緑道が
見えなかったのだ。

確かに、前方にチラホラ咲いている桜が見えてきた。
目が悪くとも、情報を与えられると焦点が合うものだ。
「ありがとうございます」

親切な人でよかった、
やはり人に尋ねるのが一番だと緑道に進み、左に折れた。
緑道はかなり暗かった。

しばらく歩いたのだが、
目当ての◯◯センターは一向に見えてこない。
仕方なく、ジョギング中の女性に尋ねてみた。

「あぁ、ちょっと待ってね。
 今、調べてみるわね」
なんと、女性はスマホを取り出すと、
私のガラケーのメール画面を見ながらデータを入力した。

「あぁ、ありました。
 ほら、ここですよね、だから、ここを右でしょ。
 それで、次を右、少し戻ったところですね」
スマホの画面に、赤いドットが繋がっているのが見える。
またもや、親切な人でよかった。

「こりゃ、おいらもいよいよスマホにするべきかなぁ」
そうつぶやきつつ、先を急いだ。
もう、かなり遅刻してしまっている。

教えられた通りに歩いたのだが、
それらしい建物が見つからない。
それっぽい建物を発見しては近づいて、
玄関まで入ってみると普通のマンションだったりする。

目が悪いので、建物に入るくらいまで近づかないと
見えないのだ。
私は、近くの建物を手当たり次第に覗いてみた。

最近は防犯カメラがあちこちにあると聞く。
きっと私の姿が、怪しく捉えられているに違いない。
もし、そのうちのどこかで犯罪が発生したら、
私は真っ先に重要参考人になってしまうだろう。

困ったなぁと歩いていると、
寿司屋さんから出てきた男性を発見し、
またまた尋ねてみた。
彼もやはりスマホを取り出し、
「あぁ、ここを左、次を右、その右側ですよ」

教えられたように歩いても、
やはり◯◯センターは見つからない。
しかも、電柱に書かれた住所が
すでに違っているではないか。

最後の頼みと、買い物袋を両手にぶら下げたおじさんに
声をかけた。
暗い道で声をかけたのに、おじさんは驚きもせず、
口頭で丁寧に教えてくれた。

「ほら、少し戻ったところに学校があるでしょ。
 そこを入ると、学校の施設の奥が
 ◯◯センターなんだよ」

私が、
「ありがとうございます。
 どうも目が悪くて、ちょっと先も見えなくて」
そう言うと、
「じゃぁ、案内しようか、すぐだから」

ありがたや、ありがたや。
やはりスマホ情報より生身のおじさん情報に限るなぁと
思いながらも、
「あぁ、いえ、今度こそは分かると思います。
 ありがとうございました」
お礼を言って、私は歩き出した。

少し緑道を戻って、
とうとう◯◯センターの看板を発見した。
私はやっと、◯◯センターにたどり着いたのだ。

やれやれと建物に入り、受付で、
「あの、即興芝居の稽古を、
 ここでやってると聞いたのですが」
そう尋ねてみた。
すっかり尋ね癖がついてしまったようだ。

「はぁ? 
 即興芝居?
 あぁ、じゃぁ、地下の和室かしらね。
 そうそう、そこの階段を降りてね、
 正面の扉を開けてね」
手取り足取りといってもいいくらい、
親切に教えてくれた。

きっと、私が相当に不安そうな顔をしていたからに
違いない。
やはり生身のおばさん情報は温かいなぁと感じ入りつつ、
階段を降り、正面の扉を開けた。

中にいた数人の男女が一斉に私を凝視した。
即興芝居の先生が、
「小石さん、ずいぶん遅かったですねぇ。
 えぇっと、もう1時間くらいレッスンしてるんで、
 ちょうど今から休憩を入れようと思ったところでね。
 小石さん、着いた早々ですが、
 ちょっと休憩してください」

私の即興役者への道程は、長く険しいものになりそうだ。

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2015-04-05-SUN
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