MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『おやつですよ!』

急に、おやつのことが気にかかるようになった。

おやつ、なんだかいい響きではないか。
昼ごはんと夕ごはんのあいだの、
午後3時頃のおやつ。

おやつは、お八つと書くそうな。
昔の時間で、八つは午後2時から4時までを指している。
そのあいだの3時くらいに
間食をする習慣があったことから、
午後の間食をお八つと呼ぶようになったらしい。

酒ばっかり呑んでいる大人になってからは、
すっかりおやつと遠ざかったしまった私だが、
懐かしいおやつの味わいが
記憶のなかに深く刻まれている。

子供の頃、学校から帰る道端に桑畑があった。
たわわに生っている桑の実を次々と口にほうばる。
甘さに陶酔していると、
いつの間にか口中が紫色に染まっている。

五平餅というのも、あった。
もち米を炊いて、それを粒つぶが残るくらいについて
小判状に成型する。
そいつに味噌を塗り、炭火で焼いたものだ。
これが旨かった。

夏には、スイカを縁側で食べた。
子供の頃は、塩をつけると甘くなるのが
不思議でならなかった。

秋は柿。
近所の家の庭に、柿が重そうに生っていた。
塀の外に伸びた枝にも、熟れた柿が揺れている。
そいつを盗ろうと懸命に手を伸ばしていると、
「それはなぁ、渋柿じゃよ。
 裏に甘いのが生っておるから、そっちを食べんしゃい」

菓子パンも食べた。
甘いクリームが入ったパンが好物だった。

さつま揚げを焼いて食べるのも好きだった。
そいつをもぐもぐしながら、
テレビを見るのが習慣だった。

寒い季節には、餅を焼いて砂糖醤油につけて食べた。
あれは旨かった。
なぜだか今は食べなくなってしまったが、
今思い出してもよだれが出そうになる。

子供の頃は、近所の犬が放し飼いになっていて、
彼らの散歩に付き合って里山を歩いた。
野いちごやあけびを見つけて食べた。
犬たちは、ただ不思議そうに
私の口元を見つめていたっけ。

高校生の頃は、学校帰りに焼きそば屋さんに寄った。
自転車を停めて、2、3人で
焼きそばを食べるのが楽しみだった。
サイダーやコーラを飲み、香ばしい焼きそばを
むしゃむしゃと食べるのだった。

インスタントのコーヒーに、
買ってきたシュークリームの中の
生クリームを入れて飲むのにハマった時期があった。
大人の味だなぁと思った。

今、同じおやつを食べても、
あの時ほどの旨さを感じないであろうことは、
なんとなく分かっている。
あの焼きそばの店も、もうない。
せっせと作ってくれたおばちゃんの、
あの味付けじゃないといけない。

R大のH教授に、おやつについて訊いてみた。
「そうそう、おやつはお八つと書きます。
 明治以降、西欧に倣って日本も24時間制になりました。
 でも、お八つという言葉、習慣は今も残っていますね。

 そうねぇ、なんといっても懐かしいのは、
 みそおにぎり。
 手に味噌を取って、ただ握っただけのおにぎり。
 それが美味しかった。

 あと、パッカン屋さんのお菓子ね。
 とうもろこしをパッカン屋さんに持って行って、
 今でいうポップコーンにしてもらうの。

 竹の皮にシソ梅を包んでね、
 三角形のすき間から吸うのよ。
 それがね、竹の香りと酸っぱさが
 なんともいえない美味しさだったの。
 
 それから、ロバのパン屋さん。
 いえ、本当にロバが引いてきたのよ。
 あの、低い山のような形の、甘食。
 今、ないよねぇ。
 独特の甘さだったよね」

パッカン屋さんというのは、
ポン菓子屋さんのことらしい。

「冬にはね、アルマイトの弁当箱に砂糖水を入れてね、
 一晩凍らせるの。
 だから、わたしはアイスキャンデーは
 冬に食べるものと思ってた」

ずいぶんと素朴なおやつの話を聴いて、
私はなぜか泣きそうになった。

H教授の話を聴きながら、ふと、
マジックもおやつでいいと思った。
寄席でいえば、落語と落語の合間のちょっと軽い笑い、
不思議。
おやつのような、小腹をほどよく満たしてくれる、
定番にしたい味わい。

もちろん、マジックだけでお腹いっぱいにさせたい、
自分もお腹いっぱいマジックを演じたいという
マジシャンも多いことだろう。
それはそれで、当然のことだと思う。

でも、小ぶりで、ちょっと旨くて
癖になりそうな味わいで、
それでいて口とお腹は満足している、というような、
そんなおやつのような芸もいいと思う。

更にいえば、人間としても、家族や親族ではないけれど、
ちょっとだけ
会って時々呑んだり食べたりする、
ちょいとお気に入りの関係、間柄が嬉しいと思う。

まるでおやつのような存在、私はそんな人間になりたい。
今はまだ、味にクセがあって
食べづらい人間かもしれない。
でも、いつか、なりたいと思う。

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2015-02-15-SUN
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