MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『東京名人会、宮崎へ』

久しぶりに、宮崎に行くことになった。

羽田空港に着いて、
まずは腹ごしらえに蕎麦をいただこうと店に入った。

カウンターの中のおじさんが愛想なく、
「うどん? 蕎麦?」
と体言止めで聞いてくるから、こちらも、
「かき揚げ蕎麦」
と体言止めで答える。
実に効率の良い受け答えに終始する。

つゆはぬるくて、薄味だった。
あまりにぬるくて薄味なため、
蕎麦の味わいはどうだったか、まるで思い出せない。
ぬるいから舌を火傷することもないし、
薄味だから減塩できて
良かったなぁと自らを慰めつつ、食べた。

飛行機は鹿児島空港に到着、
車でお隣の宮崎県えびの市に向かい、
30分ほどでえびの市文化センターに着いた。

今回の公演は、『東京名人会』と銘打たれている。
だから、出演者は皆、名人ばかりなのだ、たぶん。

開口一番、トップ・バッターを務めるのは春風亭昇羊さん。
春風亭昇太師匠のお弟子さんである。
彼が、
「『晴天の霹靂』、観ました」
と言う。

えらいっ!
数ある映画の中から、
よくぞ『晴天の霹靂』を選んで観てくれたものだ。
しかも、様々なシーンを克明に覚えている。
私の出演シーンも、しっかり覚えていてくれて
嬉しいのなんの。

それに引き換え、某放送作家の先生はひどかった。
映画は観てくれていたものの、
「あぁ、観たよ。
 えっ? 出てた? どこに?
 はぁ、そんなシーン、あったかなぁ。
 マジシャンの出てくる映画でしょ?
 それは覚えてるんだよ」

続いては、江戸曲独楽の三増れ紋さん。
ふと気づけば、江戸曲独楽というのは、かなり言いづらい。
高座を見ながら、つい、
「えどきょくごま、えどきょくごま、えどきょくごま」
とつぶやいている。

お次は林家木久蔵師匠。
ご存知、林家木久扇師匠のご子息である。

林家木久扇師匠は、舞台に登場しても
すぐには高座に上がらない。
舞台の中央に歩み出て、両手を上げるポーズをする。
時々、観客を指差す仕草も加える。

更に舞台全面を左右に移動し、同様のポーズを繰り返す。
あのご長寿番組のテーマ曲が終わる頃、
やっと高座に上がるのだ。

師匠のマネージャーさんに聞くと、
「ラスベガスで、
 エルトン・ジョンのショーを見たんですよ。
 それで、すっかり魅了されて、エルトン・ジョンの登場の
 仕方を真似るようになったんです、うふふ」

残念ながら、観客の誰ひとりとして木久扇師匠を見て
エルトン・ジョンを思い浮かべることはできないだろう。
しかし、天才は天才を知るということなのだろう。
舞台に登場して歩き回るだけで笑いを取るというのは、
木久扇師匠にしかできないのだから。

我々が出て中入りとなり、
休憩あけに登場するのは東京ボーイズ。
芸歴40年ということだが、
いやいや芸歴70年でもおかしくないほどの風格である。

もう、人生そのものが芸みたいなもので、
おふたりとも高座も普段も雰囲気がまるで違わないのだ。
普通に歩いていても、打ち上げでお酒を飲んでいても、
楽屋でくしゃみをしても、芸のように見えてしまう。

トリは春風亭昇太師匠。
熱々のかけ蕎麦を一心不乱にすする仕草を袖で見ていて、
思わずごくりと喉を鳴らす。

羽田空港で食べたぬるい蕎麦を思い出してしまい、
「つゆは熱々でなくちゃね」
と師匠に話しかけたくなる。

宮崎は晴れて暖かかった。
お客さんは笑いすぎというくらい笑ってくれた。
駅前のレストランで食べたイカ墨パスタが
熱々、濃厚で旨かった。

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2015-02-08-SUN
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