MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『夢のフライト』

いつの頃からか、
海外旅行に行くことが多くなった。
ほとんどがマジック大会への出演やテレビ出演、
つまりは仕事ばかりだった。

たまにビジネス・クラスにしてもらうこともあったが、
大体はエコノミー・クラスで、
プロ、アマのマジシャンたちと一緒の団体ツアーだった。

日本のテレビ番組の海外ロケため、
フランスに飛んだことがあった。
私の席はエコノミーで、
製作会社の社長さんはファースト・クラスだった。

私はファースト・クラスに興味津々だった。
テレビや雑誌でファースト・クラスというものを
見てはいたものの、実際はどのような感覚なのかと、
社長さんに訊いてみた。

社長さんは、

「ファースト・クラス?
 あぁ、シャンパンとかワインとか、出るよ。
 そうそう、タダだよ。
 キャビアとかフォアグラとか、高級なのも出るねぇ。
 カニとかエビも、いつでも食べられるよ。
 そりゃぁ、ファースト・クラスだからねぇ。
 あっはっは」

社長さんの奥様も、

「あたしね、シャンパンやワインは歓迎なんだけど、
 甲殻類アレルギーでね、
 カニとかエビは食べられないのね。
 キャビアも苦手で、なんだか、もったいないわねぇ」

私は甲殻類アレルギーではない。
カニとかエビとかキャビアとか、
エコノミー席まで持ってきてほしかった。

ファースト・クラスの羨ましい話を聞きながら、
ある有名歌手の、
「いやぁ、ファースト・クラスはやっぱり、
 揺れが少なくていいねぇ!」
という、珍妙なコメントを思い出したりもした。

とにかく、その日以来、
いつしかファースト・クラスに乗ってみたいと
願うようになった。

先日、海外に行くことになった。
そこで同行者に、

「ファースト・クラスって、
 いくらくらいなのかねぇ?」

と尋ねてみた。

同行者は怪訝そうな顔で、

「ファースト・クラス?
 このフライト便には、
 ファースト・クラスはないかも。
 だいたい、最近は
 売れないファースト・クラスをやめて、
 ビジネス・クラスの席を増やしてるんだよ。
 
 昔みたいにジャンボ機とかじゃないし、
 フライト時間も短くなったんだよ。
 だから、ファースト・クラスに乗る必要というか、
 価値というか、なくなったんだよ」

私は愕然としつつも、
確かにそうだと頷くしかなかった。
時は過ぎて、様々な価値観が変わったのだ。
私の夢見たファースト・クラスは、
いつしか無用の長物となってしまったのだろうか。

ファースト・クラスの席に身を横たえ、
キャブアを口いっぱいにほうばり、
シャンパンをグビグビする私の夢は、
ついに叶わぬ夢と化したのだろうか。

肩を落とす私に、同行者は、

「キャビアをつまみにシャンパン飲むんなら、
 地上でいつでもできるよ。
 どっかの高級レストランなら、
 フォアグラでもキャビアでもカニでも、
 頼めば出してくれるよ。

 シャンパンだって、何杯でも飲めるよ。
 しかも、かかるお金は
 ファースト・クラスよりうんと安いんじゃないの」

私の空の夢は、
アッと言う間に地上にランディングしてしまった。

どこかに、ファースト・クラスを模した席がある
レストラン、あるいはバーはないものだろうか。

フラットになる席でアテンダントさんに
シャンパンを注いでもらう。
スプーンに山盛りのキャビアを一気に口に入れ、
その絶妙なる味わいをシャンパンで喉に流し込む。

「あぁ、フォアグラも少し、いただこうかな。
 カニも一緒に食べれば、
 ワインにも合うんじゃないかな。
 むふふ、むふふふふ」

私の夢はかなり変質しつつも、未だ継続中である。

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2014-11-30-SUN
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