MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『寺へ行こう』

友人のS君から電話があった。
「小石さん、今年もあのお寺で、よろしくです」

S君のおじさんは長野のお寺の住職を務めていて、
法要の後に演芸や歌謡ショーを催されているのだ。

初めてお寺でマジックを披露したのは、
もう何年も前のことだ。

一緒に出演した真打ちの落語家さんの一席が終わり、
ご住職が、
「いやぁ、実に噺の上手い落語家さんじゃのう。
 この分じゃとすぐにも真打ちになれるじゃろ」
僕は慌てて、
「あの、師匠はすでに真打ちなんですよ」

客席は大笑い。
しかし、ご住職は自身の間違いにも慌てず騒がず、
「おぉ、そうじゃったか。
 これが本当の『知らぬが仏』じゃ」

昨年のこと、ご住職は用意されたマイクを無視して
地声で話し始めた。
当然ながら後方の皆さんには声が届かず、
「あの、聞こえないんですが」
という苦情が起きた。

その時もご住職、
「なに、聞こえない?
 あんた、耳が遠いんか?」
天真爛漫、世俗を超越、達観されているのであった。

そんな生き仏のようなご住職からの出演依頼である。
断れるわけもない。

ある日の早朝、S君と新宿駅で待ち合わせをし、
様々なマジック道具とともに東京駅に向かった。

東京駅から新幹線で長野駅まで1時間半あまり、
ずいぶんと近くなったような気がする。
拡幅工事中の長野駅を、
マジック道具を転がしながら抜けて、
長野電鉄に乗り換える。

長野電鉄のホームに、どこかで見たような
特急電車が停まっていた。
聞けば、小田急ロマンスカーなのだという。

学生だった頃、ロマンスカーは憧れだった。
貧乏学生は退屈な講義を受けに行く身で、
同じ路線ながらロマンスカーは温泉郷へ一直線。
ロマンスカーの中の楽しそうなカップルを、
羨望の眼差しで見つめたものだ。

物思いに耽っているとすぐに最寄り駅に到着、
タクシーでお寺へ向かった。

「やぁやぁ、お焼き、食べる?
 ここのは旨いんよ。
 他はダメ、美味しくないの」
ご挨拶抜き、相変わらずマイペースなご住職。

通された居間は、様々な物で埋まっている。
お焼きのお皿の乗った大きなテーブルも、
なにやら物で溢れている。

「今夜も明日も、通夜なんよ。
 ひとりは104歳、もうひとりは106歳、
 この辺はみんなそんなもん」
ふと見れば、お焼きの皿の隣にご位牌が立っている。
しかも2本。

「あの、ご住職、お焼きの醤油でご位牌を汚したら
 大変なんで、どこかに持ってった方が‥‥」
僕の問いかけに、
「あぁ、だから今夜、ここの通夜に行くんよ。
 そうそう、弁当があるんよ。
 ほれ、ここの稲荷は旨いんよ」
ご位牌の隣に弁当が加わって、
更に状況は奇怪さを増していくのだった。

ご位牌を前にしてお焼き、稲荷をいただくのは初めてだ。
絶妙の甘辛で、確かに旨かった。
僕は思わず、
「ご馳走さまでした」
と、ご位牌に手を合わせた。

本堂には、早くも大勢の檀家さんが集まっている。
法要と法話が終了すると、伽藍の前の扉が閉められ、
いよいよ演芸の時間が近づいてきた。

準備に忙しい僕の傍らに、ご住職が近付いてきた。
何事かと思いきや、
「ほれ、あそこに鐘が見えるじゃろ。
 あれは戦国の時代のものでな、
 戦争中の供出も免除されてな」
ご住職自らの、いきなりの宝物のご案内が
始まってしまった。

その宝物案内を突然打ち切って、
「はいはい皆さん、
 今年も手品のナポレオンが出るよ。
 知っとるじゃろ?
 あの頭を回す方の、手品せん方の、しゃべり専門の、
 小さい方の」
相変わらずの、出にくい紹介を始めたではないか。

僕はあたふたと舞台に飛び出し、
「今、大変に出やすいご紹介をいただきました
 小さい方です。
 今年も、予算の都合で僕ひとりでやってきました」
と、開き直りのトークを展開した。
もう観念して、ご住職のたなごころの上で
転がされるしか道はないのだ。

30分の持ち時間はアッと言う間に過ぎた。
袖に戻ると、
「みんな良く笑うのう。
 よかったなぁ。
 今年はちゃんと手品もあったし。
 去年は、あんた、ちっとも手品せんかったもんなぁ」

「いえ、去年も手品しまし‥‥」
僕の反論も馬耳東風、
ご住職はあははあははと嬉しそうに
高笑いするのだった。

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2014-09-28-SUN
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