MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ベランダ避暑』

久しぶりにベランダ避暑をしてみる。
このところの猛暑続きで、
ベランダは灼熱地帯と化していたが、
今日は急に風が涼しく感じられる。
だが油断禁物、
蚊に貴重な血液を吸われてはたまらないので
蚊取り線香に火を点ける。

考えてみれば、蚊という生き物は不思議だ。
血をほんの少しいただいて、
吸われた生き物にはかゆみという
ヘンテコリンな害を残す。
不快ではあるが、
さほど大きな害を与えないという処世術。

蚊がものすごい痛みとか害を与えたなら、
人間は全力で撲滅に乗り出すだろう。
それが、まぁちょいと痒いので、
かゆみ止めを塗るという緩い対応で済ましてしまう。

これは、かなり巧妙な生き方ではないだろうか。
蚊が、実際にどれくらい考えているのかは分からないが、
一度、蚊に聞いてみたいものだ。

だが、蚊が媒介する重篤な病気もあって、
徹底駆除が必要な地域もある。
これまで、蚊取り線香が
駆除に大いに貢献してきたらしい。
そう思えば、渦巻きの形状が
なんとも頼もしいではないか。

ゆらゆらとたちのぼる蚊取り線香の煙を眺めつつ、
おいらは有益だか無益なんだか分からない思考に
耽ってしまう。
ベランダ避暑の、不思議で奇妙な愉しみ。

ビールをひとくち飲み、右側を見てみる。
あれれ、以前あったサラ金(今はこんな表現は
しないのだろうか)のネオン看板が見えない。

以前は光り輝くネオン看板が嫌で、
シマトネリコの鉢を置いて見えないようにしていた。
それでも、葉っぱの間からチラチラと見えていたのだが。

思い出せば、右側だけでなく、
ベランダから見えるあちこちのビルの屋上に、
色んなサラ金のネオン看板が輝いていたものだ。

あれはバブル景気の頃だったろうか、
銀行でお金を借りることになった。
ところが、マジシャン、芸人という職業は、
お金を借りるのに苦労すると思い知らされた。

以前から、マジシャンは
信用の薄い商売だとは思っていたが、
銀行にお金を借りるとなれば
薄いどころか無いに等しいと思い知ったのもあの頃だ。

ベランダの前方に目を移す。
そうそう、お向かいのマンションの一室に
友人が住んでいる。
大きな声で呼べば聞こえそうなくらいの近さだ。
彼らは本当に良い人たちで、常識人だ。
そのセンスの良い暮らしぶりには、
いつも感心しきりなのだ。

彼らのベランダには、
大きなプランターがいくつも並んでいる。
以前おじゃました時には、トマトやズッキーニ、
バジルやミントの苗が植えられていた。

今見ると、それらが大きな緑の林のようになっている。
ということは、トマトもズッキーニもバジルもミントも
食べごろに育っているということだ。
明日あたり、ふらりと訪ねてみるとするか。

「無農薬だから、安心だし美味しいし。
 虫に喰われることもあるけれど、
 それも無農薬の明かしだもんね」
彼らはそう言っていたっけ。
虫に喰われることは想定内だけれど、
近所の住人が来て食べてしまうことは
想定外かもしれない。

実を言うと時々、向かいのベランダの野菜や
ハーブの生育具合を
オペラグラスでチェックしているのだ。
「小石さん、それって犯罪ですよ」
なんて怒られたりして。

別に覗きとか盗撮とかではありません。
あくまでも自然観察です。

お寿司屋のおじさんから、
近所に高層ビルが建つと聞いた。
さっそく周辺の飲食店関係者が皮算用し始め、
「ビル一棟に3000人が入るらしい。
 そのうちの1%でも30人だよ。
 30人が昼飯や飲みに来てくれたら、
 ウチなんか毎日満員御礼だよ。儲かるなぁ」

しかし、ビル計画は諸般の事情で
無期延期になったらしく、
高層ビルが建つはずだった土地は広い駐車場になった。

焼き鳥屋のおじさんが言ってた。
「でもよう、風通しはよくなったよな。
 儲けるのはダメになっちゃったけど、
 これまでだって儲けず損せずでやってきたんだからさ」

お米屋のおばさんも言ってた。
「都会って、ものすごく大きく変わっちゃうからね。
 住んでる人間まで大きく変わろうと
 思っちゃいけないのよ。
 小さく小さく、ね」

蚊取り線香の渦の先の、白い灰がポトリと落ちた。
飲み物をワインに替えて、
ベランダ避暑をもう少し楽しむとしよう。

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2014-08-31-SUN
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