MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『やさしく愛して』

『やさしく愛して』と題された芝居の台本を読んだ。

以下は、私なりに解釈したあらすじである。

『若くして交通事故で死んでしまった男がいる。
 彼は、未だ自分が死んでしまったことを
 認められない。

 彼には恋人がいたが、
 彼女は早くも別の男性と新たな恋を育んでいる。
 「(彼は死んでしまったけど)アタシは生きてるの」
 にもかかわらず、彼は彼女に想いを伝えようとする。

 死者歴10年のベテランが、若き死者に語りかける。
 「死んだ者の言葉は、生きている者には伝わりません」

 それでもなお、若き死者は
 現世に残した恋人に愛を伝えようと奮闘する。
 だが、結局は何も伝わらないままに終わる。

 哀しくも切ない結末なのだが、ベテランの死者は、
 「女に振られた時は、じっと耐え、
  黙って背中を見せて立ち去る。
  それが男ってもんです」
 フーテンの寅さんのセリフを借りて軽やかに説得する。

 若き死者はようやく現実を認め、
 静かに、ゆっくりと死後の世界へと歩み出す。
 「何か寂しいんですけど」
 若き死者の未練に、ベテランの死者は、
 「当たり前です。振られたんですから」』

シリアスにも思える物語にユーモアをたっぷり、
おしゃれで素敵な脚本であった。

脚本を書かれた三木俊彦さんが、配役を発表する。
「若い死者、霊1を渡さん、
 ベテランの死者、霊2を小石さん」

これまで色んな役をいただいてきたが、死者の役、
それもベテランの死者の役は初めてだ。

私は、短かくて微妙にニュアンスの違うセリフを、
なかなか覚えられなかった。
それでも、共演の渡さんに助けられ救われ、
おんぶに抱っこしてもらって何とか演じることができた。

不思議なもので、あれほど覚えにくかったセリフが、
終演後に今度は頭から出て行ってくれない。
覚えたくても覚えられないセリフに限って、
忘れがたいものなのだろうか。

未だに私の頭の引き出しに仕舞われていて、
時々、
「生きてる者に死んだ者の言葉がわかるなら、
 世界はもっと違った形になってるはずです」
なんて、つぶやいたりする。

実のところ、演じ終わった頃に
やっとこの脚本の味わいを
しみじみと感じ始めていたのだった。
特に心に刺さったのは、
『死んだ者の言葉は、生きている者には伝わりません』
というセリフだった。

芝居が終わって数日後、
私はあるマジシャンのショーを観ていた。
客席でぼんやりと、
「あぁ、この人、まだマジックやってるんだぁ」
などと考えていた。

その瞬間、唐突にあのセリフが脳裏に浮かんだ。
『死んだ者の言葉は、生きている者には伝わりません』
目の前のマジックショーが、一瞬にして
あの日の芝居の一場面へと変わってしまったのだ。

私は、もう何かが終わってしまっているマジシャンに
語りかける。
「あまりにも古めかしい貴方のマジックは、
 現代の観客には伝わりません」
ベテランのマジシャンは大いに怒り、
「何を言うんだっ。
 私はこのマジックで、この世界を生きてきたんだ。
 まだまだ、私のマジックは
 観客を驚かせることができるんだっ」
私は更に、
「ここはもう、貴方のいるステージではないんです。
 今の観客に貴方のマジックが伝わるなら、
 反響はもっと違っているはずです」

先日の芝居で、私は司会進行も仰せつかった。
芝居と芝居の合間に舞台に出て、様々なギャグを発した。
ところが、まるでウケなかった。
以前はちゃんと笑いを取れていたギャグなのに。

その時は、
「ちぇっ、感度の低い客だねぇ。
 おいらの鉄板ギャグを理解できないなんてね」
などとうそぶいていた。

だが、今度は私自身にあのセリフが降りかかってくる。
「お前は何も分かっていない。
 お前のギャグは、
 今日の観客には伝わらなかったのだよ」

今も、頭の中でこのセリフが廻り続けている。
思いがけず、大変なことに気付かされたと思うと同時に、
気付いてよかったとも思う。

再び、あのセリフが聞こえてくる。
「ウケなかった時は、じっと耐え、
 黙って背中を見せて立ち去る。
 それが芸人ってもんです」

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2014-08-17-SUN
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