MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『蛍は水辺に』

37年間、飽きもせずにマジシャン、
芸人稼業を続けている。
ずいぶんと長くやってこれたものだと思う。

芸能の世界には、50年、60年という
長いキャリアを誇る方々も少なくない。
そんな諸先輩方と比べれば、
37年はそれほど長くないかもしれない。

だが、本当に、心底思うことだが、
大した芸もないのに続けてこられた37年は、
我ながら、
「長いなぁ。
 本当に長くやってきた」
と思う。

マジシャンを始めた当初から、
ずっと日本の景気は良かった。
もちろん、景気が悪くなった時期もあるのだが、
それでも堅調な企業は少なくなかったのだ。

ない知恵を絞り、市場のニーズに合わせたマジックを
考え、日本のあちらこちらを巡った。
海外旅行も夢ではなくなり、
海外にも出かけて仕事をしてきた。

メディアに出る機会も、多かったように思う。
多くの人との有り難い出会いもあって、
様々な番組に出られるようになった。

日本各地での仕事も、海外の仕事もテレビの仕事も、
すべては初めての経験のようなもので、
何も分からず無我夢中でやってきた。

あたふた、ドタバタ、出たとこ勝負の日々。
それゆえ、ちっとも芸は磨かれず、蓄積もされず。

まるで意味のない言葉、話を
『 Hot air 』というそうだ。
日本語で言うならば『温かい空気』だろうか。
邪魔にもならず気にもならない、ということだろうか。

初めてその英語表現を聞いた時、我がマジック、芸に
ピタリと合うと思った。
まさに『 Hot air 』、厳しく研ぎすまされた芸とは
対極にある、生温い芸風。

なんとなく、コンプレックスも抱いている。
学生時代の仲間は企業に勤めたり、
役所に努めたりしている。
つまり、彼らは実体のある仕事に従事している。

彼らに比べれば、私の仕事の
なんとおぼろげなことよ。
業務内容がまさに『 Hot air 』、
お風呂の湯気のよう。
見えるような、見えないような、それでいて
ちゃんと在る。

芸能界、演芸の世界には、素晴らしい芸の持ち主が
多く存在している。
当然のことだが、見習うべき、誇るべき先輩方の
芸は、もはや『 Hot air 』でも湯気でもない。

一度でもその芸に触れたならば、
長く脳裏に刻まれて消えることがない。
目には見えないはずの芸が、確かに見えて聴こえて
触れられて、味わうことさえできるよう。

そこまでの道程、名人への道は
見えているように思える。
なのに、一歩だって踏み出せないまま、時だけが
足早に過ぎてゆくばかり。

ある名人の落語家は、大きなホールを満杯にできた。
決して大げさでなく、日本中の人々を
芸ひとつで魅了できたのだ。

存在自体が芸であり技のようで、一挙手一投足が
磨きに磨かれた名人芸なのだ。
そうなると芸は稼ぐための手段などではなく、
彼の存在理由そのものなのであった。

また、先日、高座をご一緒した師匠もすごかった。
袖で師匠の噺を聞いて、その後に高座に上がったら、
不思議なことに私のトークまで調子良くなったのだ。

師匠の芸は、周りにいる芸人までも
高みに引っ張り上げてしまう力を持っているのだ。
磨かれた芸の輝きは外に溢れ出て、
周囲さえも明るく照らしてくれるのだった。

まぁ、しかし、到達点は人それぞれなのだろう。
「本人が楽しければ、いい芸の持ち主だと思うよ」
「その芸で食えれば、オンの字じゃないの」
「名前がそこそこ売れれば、有り難いってもんさ」
様々な芸人のつぶやきが聞こえてくる。

蛍が水辺の草むらでおぼろげに光っている。
光っては消え、消えたかと思えば
意外なほど明るく光っている。

私の芸も、いつの日にか水辺の草むらに辿り着き、
闇夜に光を放つことができるのだろうか。

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2014-07-13-SUN
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