MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『カメレオンKの深き悩み・年末編』


私はカメレオンK、プロのマジシャンである。

今年の夏、私は長年所属している
全日本マジック協会を退くことにした。

まずは事務局に電話をし、
退会への手続きについて問い合わせてみた。

「はぁ、お辞めになるんですか?
 では、退会届の用紙を送りますので
 署名して返送してください。
 で、今年度と来年度の会費、
 合計5万円を振り込んでいただいた後、
 退会となります」

以前にも記したことだが、
5万円を払えば円満退会、払わないと不名誉な退会、
つまりは除名とのことであった。
私は訊いてみた。

「払わないと不名誉って、
 名誉だけの問題なんですか」

すると、事務局員さんは、

「不名誉の退会、除名だと、
 日本マジック協会に再入会できません。
 5万円を払っていただければ、
 再入会の資格を得られます」

私は今、退会を申し出ている。
今から辞めようとしている人間が、
将来に再入会することなど考えるはずもないだろう。
だが、事務局員さんは続けて、

「会報にも除名処分の記事を掲載しますしねぇ。
 お支払いいただければ、
 一切の問題もなく辞めていただけます」

などと言う。

退会届の用紙が届いた。
私は5万円を払わず除名となるか、
それとも振り込んで退会とするか、大いに悩んだ。
悩んだ末に、これしきのことで悩むのは
アホらしいわいと、振り込むことにした。

翌日、5万円を振り込んだ。
これで目出たく、どのような名誉だか知らないが、
名誉の退会となるのだと安堵した。

翌々日、全日本マジック協会の理事さんから
電話があった。

「退会はもったいないですよ。
 もう長年、在籍されていますし、在籍年数によって
 顧問とか師範とかにもなれますし」

どうやら、顧問とか師範とかの役職、肩書きが付くと、
あちこちのカルチャー・センターとかで
マジックを教える先生になれるらしい。

『全日本マジック協会 師範』なんて肩書きの名刺を
見せれば、たちまちマジック指導の先生という職に
就けるらしいのだ。
なんだか水戸黄門様の印籠のようではないか。
私は夢想した。

居並ぶ生徒さんたちを前にして、

「えぇ〜いっ、この名刺が目に入らぬかぁっ。
 この私を誰と心得る、恐れ多くも日本マジック
 協会師範、カメレオンKである。
 生徒ども、頭が高いっ、控えおろう〜っ!」

夢想の果て、危うく退会を撤回するところであったが、
すぐに現実に戻った。

私も、マジック教室を開いて教えたことがある。
ところが、生徒さんの方が
多くのマジックを知っていて、
教えるどころか教えてもらうばかりだった。
というわけで、私に師範の肩書きは似合わないのだ。

理事さんのお話は更に続き、

「むしろ、これからもっと重要な役職に
 就いていただいて、協会の発展に
 寄与していただきたいと思ってます」

私の勝手な思い込みではあるが、
役職あらば役得ありと聞こえてしまう。

再び、私は妄想の海に沈んだ。

「カメレオンK師範様、ふっふっふ、
 これはほんの手付金でございます。
 なにとぞお納めを」

「なにぃ、手付金とな。
 ふっふっふ、お主もワルよのう」

「これはこれは、師範様ほどではございませぬ。
 ほぉ〜っほっほ」
 
もちろん、ゲスの勘ぐりというやつである。
会長以下、役員の皆さんは、協会の発展のため骨身を
惜しまず無給で働いておられるに違いないのだが。

理事さんが訊いてきた。
「なぜ、退会されるのですか?」
実のところ、理由なんて特にはないのだ。
ただ、なんとなく、長年在籍してはいても
ユウレイのような存在だったし、
辞めても何の問題もないだろうと思っただけなのだ。

理事さんは続けて、

「役職にご不満とか?
 ひょっとして◯◯の問題についてご不満とか、
 □□の件で・・・」

などと、私のまったく知らないことまで自発的に自供、
否、説明されるのであった。

私は困惑し、

「いえいえ、そうじゃなくて。
 あの、ひとりぼっちになりたいんです。
 いや、今でもひとりぼっちのマジシャンですが」

今度は理事さんの方が困惑され、話は終わった。

しばらくして、事務局から電話があった。

「あのですね、5万円の振込が確認されました。
 それで、貴方様は来年度の分まで
 お支払いいただいたので、
 来年度まで会員の資格をお持ちです。
 会報などをお送りしますので、
 よろしくお願いします」

私は長年、マジシャンを務めている。
人聞きは悪いが、人をダマしてご飯を食べてきた。
そんな私が、今回はまんまと
ダマされたような気分になった。

私は一刻も早く退会するために、
今年度と来年度の会費、5万円を納めたのだ。
その退会のための5万円は、
いつの間にか会員資格延長のための5万円に
変化しているではないか。

むむむ、見事な段取り、鮮やかなマジック。
そりゃそうだ、なにせ相手は
全日本マジック協会なのだから。

私は再び分からなくなった。
私は再び理解に苦しんだ。
私は再び不安に苛まれ始めた。

夏から始まった私の退会計画は、
どうやら年越しをしてしまいそうだ。

(注・本文に登場する人物、団体は架空のものです)

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2013-12-29-SUN
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