MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『僕の旅日記』


◯月◯日
新宿発の電車に乗る。
落語家さんご一行、事務所の方々と一緒に、
指定の電車に乗った。

最近の落語家さん、芸人さんは、
とても大人しいと思う。
かつては、電車を待つホームから落語家さんたちの
賑やかな笑い声が聞こえてきたものだ。
電車に乗るとビールやつまみが配られ、
「師匠、いただきます〜!」
昼間から車内宴会となったりしたものだ。

今は皆、本当に静かだ。
どうやら、これは携帯電話の存在が大きいようだ。
落語家の師匠もお弟子さんも事務所の方も皆、
携帯の画面を眺めている。
話し合うのもひと言、ふた言。
それも静かに、声をひそめて。

かつての大師匠たちとの賑やかな旅も
楽しかったが、
こういう静かな旅もまたいいものだ。
僕は、
「さて、今日はどんなネタにしようか。
 少し、実験というか冒険というか、
 試してみようか」
などと、珍しく高座の予習をしてみたりする。
車窓を眺めている師匠も、
時々ぶつぶつと唇を動かしている。
やはり、今日の噺のマクラなど
考えているのだろうか。

途中の駅で、7、8人の団体さんが乗ってきた。
どこかで山登りでもするのだろうか、
全員が熊避けの鈴をぶら下げている。
少し動くと鈴がリンリンガランガランと鳴る。
電車内に熊など出現するはずもない。
鈴は山に入ってから付ければよかろうに。

鈴音に負けまいと、彼らの談笑の声は大きくなる。
近年は、中高年の旅人がご陽気で賑やかなのだ。
芸人たちは何事かと団体さんを覗きこんだり
苦笑いしたり。
まるで以前とは逆の車内風景となる。

目的の駅に到着、タクシーで会場に向かう。
運転手さんが、
「もうすぐ、雪になりますねぇ。
 みんな、寒い寒いと言いながら、
 ここで暮らしています」
遠くの山々は、すでに真っ白だ。

会場に着き、楽屋入りする。
建物は相当に古く、楽屋の扉も傾いていて
閉まらない。
ガス・ストーブの風が生暖かい。
壁に、有名な師匠の色紙が飾られていて、
サインの横に
『楽屋にエアコン希望』と書いてある。
日付を見ると、10年前に書かれた色紙だ。
楽屋にエアコンはなく、有名な師匠の希望は
未だ実現していないようだ。

出番は25分。
予習の効果あってか、
滑らかなしゃべりができて嬉しい。
現地で合流した上方の大師匠が袖で見ている。
大師匠は、噺や芸を常に考えておられる方で、
面白いことにどん欲なまでに興味を示される。

「こないだ、あるマジシャンがネタを忘れて、
 まんま『忘れましたので、これはやりません』
 て言うた。
 それがウケた。
 そしたら、それを次からネタにしてもうた。
 新しいネタは、失敗から生まれることもある。
 失敗もまた良し、ですなぁ」
大師匠との楽屋話は、しみじみと面白い。

大師匠とは、ある番組で苦労を共にした
仲間でもある。
プロデューサーが鬼軍曹のような、
とにかく稽古が好きな人だった。
寝るのも食べるのも後回し、
ひたすら稽古を強いる。

本番を迎える頃、僕らは疲労困憊だった。
「我々は前線に立たされるんやから、
 そりゃたまらんわなぁ。
 ウケたら軍曹の手柄、
 ウケへんかったら我々の責任や」

鬼軍曹のもとで戦った芸人たちだけで
演芸会をやりましょうと盛り上がったが、
大師匠は、
「あかん、ナントカ被害者の会、
 みたいになりそうや」

大師匠の高座は当然ながら大爆笑で幕を閉じ、
今宵の宿、ホテルへと移動した。
新しく素敵なホテル、最上階のバーで
大師匠と打ち上げ。
あれこれ、芸談義が深夜まで続いた。

「おはようございます」
朝のビュッフェは、
豆腐 卵焼き シャケなどの和食。
以前は、自家製豆腐とか朝採り卵、
北海道産シャケとか書いてあったが、
今は何も書かれていない。
やはり、近年の食品偽装の影響だろうか。

大師匠のたまわく、
「あんたの事務所のホームページに、
 『美人マネージャーが
  お電話お待ちしております』
 て書いてあるやろ。
 あれも偽装とちゃうか」

ホテルを出ると、空気がひんやりと冷たい。
大師匠は車で大阪にお帰りになり、
しばしのお別れだ。

帰りの電車で、大師匠の話を思い出す。
「あの鬼軍曹とは、あれ以来会ってないなぁ。
 でも、きっとあの人とは一生分、
 会ってしもたんや。
 きっとそうや」
色んな人の顔が、車窓に浮かんでは消えた。

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2013-11-17-SUN
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