MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『バカだねぇ、君は』


録画しておいた懐メロ番組を見たのでございますよ。

今や遠い、昭和の時代の紅白歌合戦とか
レコード大賞とかの、懐かしい映像でございました。
まさに当時の旬のスターばかりで、
誰もがピッカピカに輝いているのでございます。

始めはただ懐かしく、その輝きを見ておりましたが、
途中から彼らにまったく笑顔がないことに、
ふと気付いたのでございます。

誰もがとても厳しい顔つきをしていて、
一様に追いつめられたような表情を浮かべて
歌っているのでございますよ。
歌手ならば人生最高の舞台、
高揚感に浸って恍惚としてもよさそうなものなのに。

重苦しい表情に反比例するように、
スターたちは華やかな衣装を身にまとっておりました。
檜舞台にふさわしく、豪華で高価な衣装でございます。
私は勝手な想像を巡らしまして、
スターたちの所属事務所の社長さんの、
「いくら掛かってもいい。
 とにかく一流に頼んで、
 誰にも負けないような衣装を作れっ」
などと言う声が聞こえてくるようでございました。

紅白歌合戦、レコード大賞に出るとなれば、
歌手たちは『金の卵を産む鶏』に
なったのでございましょう。
今後、彼らの産み出す富は計り知れないのでございます。
そんな思惑が、歌手たちの周辺に渦巻いているのが
見えるような気さえしてまいりました。

「朝起きたら、スターになっていました。
 たった一夜で、世界が変わっちゃいました」
スターの思いを、何度も聞いたものでございます。
スターになるということは、
きっとそういうものでございましょう。

『金の卵を産む鶏』になったスターたちも、
昨日まではただの鶏、
あるいはヒヨコだったのでございます。
そんな彼らが、いきなりまばゆいスポットライトを浴びて
歓喜の舞台に立たされて歌っているのでございます。
劇的な変化にスターたちは困惑し、
苦悶しているように思えてならないのでございました。

再び私の勝手な想像ながら、所属事務所の社長さんは、
「こうなりゃトップだ。
 トップを狙うぞ。
 トップ、トップだぁ〜」
と、檄を飛ばしたのでございましょう。
ひょっとすると、大舞台に立つ高揚感に浸っているのは、
スターを支える周辺の人々なのかもしれません。

テレビ画面のスターたちの苦しげな表情を眺めながら、
私は思わずひとりごちたのでございます。
「はぁ〜、スターは大変。
 トップに立つって、大変なこと」

トップに立つということは、
その世界で一番ということでございます。
言い換えますれば、たったひとりということ。
つまりは相当に孤独、寂しい存在であるに
違いないのでございます。

演芸の世界でも同様でございましょう。
名人、天才と賞賛され、畏敬されている師匠たちは
誰しも孤独で、いつも寂しいような表情を
浮かべていたものでございます。
楽屋で他の師匠たちとワイワイと騒いでいても、
急に自分の世界に籠ってしまったように沈黙する、
そんな師匠ばかりでございました。

マジックの世界でも同様で、我が師、
初代・引田天功も孤独なスターでございました。
マジック界のみならず、テレビ界の大スターで、
名を冠した番組はいずれも今では考えられないような
高視聴率をたたき出したものでございます。
天才、鬼才であり、それゆえ寂しい人だったように
思えてならないのでございます。

ところで、私の知る名人の師匠たちは、
いずれもペットの犬を飼われていたのでございます。
自身にも弟子にも、あるいは周辺の人々にも、
妥協を許さず厳しい師匠たちが、
愛犬に対してはとても寛容だったように
思われるのでございます。
私たちはいつも、
「師匠は犬に優しく人に厳しい」
そう愚痴ったものでございます。

師匠のつぶやきを聞いたことがございます。
「バカな犬でねぇ。
 ちっとも覚えやしない。
 バカ犬なんだよねぇ」
そうぼやきながらも、師匠は目を細めて
微笑んでいるのでございました。

そんな師匠の微笑みを思い浮かべた途端に、
急に思い出したのでございます。
あの、師匠の犬を見て細める眼差しと、
私の舞台での失敗を問うような眼差しが同じだったことを。

我が師匠は、私のバカを
愛でてくれていたのでございましょう。
そうそう、私はいつも師匠に叱られていたのでございます。
「バカだねぇ、君は。
 普段でもステージでも区別なく、バカだねぇ」

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2013-09-29-SUN
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