MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『アスリート・マジシャン』


旅に出た。
たった一泊なのにずいぶんと荷物が重いなぁと
ぼやきつつ、東京駅に向かった。
今回は『東京名人会』と銘打たれた寄席への
出演である。
午後1時過ぎの新幹線で郡山に向かい、
郡山から車で1時間ほどで会場に到着。

会場に着いたのは午後3時過ぎ、
出番までまだ4時間もある。
会場の周りを散策したり、控え室とステージを
何度も往復したりする。
夕方に弁当が届き、それほど空腹ではないのに
しっかりと平らげる。

開口一番、若いお弟子さんが10分、
漫才さんが20分、真打ちの師匠が20分。
次が我々で30分、中入りを挟んでコマ回しさん、
トリは人気落語家の師匠が務める。

本日の私の労働時間は、およそ30分。
それなのに、出番を終えたら疲労感が半端ない。
もう、ぐったりとしてしまった。
長い待ち時間の間に、歩き過ぎたのだろうか。

車で40分ほどかけてホテルに移動し、
チェックインを済ませて打ち上げ会場へ。
出演者、スタッフさんとワイワイ。
なぜか打ち上げになると元気になるのだが、
終了してホテルに戻ると再びぐったり。

この日の歩数計は9114歩だった。
ステージでも動き回り、
客席を走り回ったりするので、
歩数は1万歩を超えているかもしれない。
マジシャンではあるが、使うのは指先ではなくて
身体全体、つまりは肉体労働者なのだ。

翌朝、ホテルのレストランでごはん、みそ汁、
シャケなどの和朝食。
ホテルをチェックアウトして会場に向かうのは
午後2時半、それまでたっぷり時間がある。
ホテルの周辺を散歩したりする。

出発の時間になり、送迎のマイクロバスに
40分ほど揺られて会場入り。
本日の寄席は町の公民館で開催されるのだ。
控え室ですることもなく過ごしていると、
「近くに道の駅がありまして、よかったら車で
 ご案内しますよ」
喜んで車に乗り、大きな道の駅を回って
名物のシャモ肉などを購入。

さて、出番は前日と同じ状況だが、
持ち時間はやや短めの25分とのこと。
無事に終了して車で福島駅へ。
最終のひとつ前の新幹線で東京駅へ。
この日の歩数計は8219歩で、
やはりステージを含めると9000歩を超えるだろうか。

私はマジシャンであり、肉体労働者である。
マジシャンという仕事をスポーツ、
アスリートに例えると何になるのだろうか。
ステージに登場する時には、
短距離の瞬発力も必要である。
途中からは中距離の持続性も必要で、
終盤は長距離のスタミナが欠かせない。

このところ、私は不調が続いている。
スタートで前のめりになってしまう。
気持ちだけが先走って、足元はバタバタしている。
20分を過ぎると、エネルギー消費が過剰となる。
しゃべりが乱雑になり、呂律も回り辛い。
お終いのネタ、人体浮遊術は体の浮きが悪い。
人体浮遊術なのに、体が浮かないのは最悪だ。
それでも、なんとか倒れ込むようにゴールする。

出番を終えて、控え室であれこれ反省をする。
かつては良い走りができたものだ。
スタートダッシュで観客の笑いのツボをつかみ、
中盤は安定したしゃべり、ギャグも確実に笑いを
ゲットできている。
いよいよ終盤、スタミナはまだまだ充分。
最後のネタで大爆笑、駆け抜けるように
ステージを後にする。

誇らしげに、最後のランナーである
人気落語家の師匠にタスキを渡す。
私は良い走りをし、タスキを受け取った師匠は、
「じゃぁ、いつも以上にぶっちぎるとしますか」
とでも言うように、ニヤリと笑って高座へ向かう。

そうなのだ、寄席をスポーツに例えるならば駅伝だ。
最初の走者がゆっくりと走り出し、
次の走者は勢いを増す走りを見せる。
続いての走者は走りを緩めたり上げたり、
周りと駆け引きもする。
終盤の走者はトップを狙い、
最終走者は期待通りトップでゴールしなければならない。
誰もが確実に走り、タスキをトリの師匠に
繋がなければならないのだ。

このところ、私は私だけの仕事が増えている。
つまりはひとりアスリート、ひとりマラソン走者だ。
ひとりだと、例え2時間近くの講演でも完走できる。
楽ですらある。

考えてみれば、コンビでのステージは
2人で走るようなもの。
相方の調子もあり、それに合わせなければならない。
相方の走りのリズムを伺い、好不調を見極める。
不調ならば、私が先に出て引っ張らなければならない。
客席の空気も読み、しゃべりのスピードを
上げたり緩めたり。

寄席という駅伝では、タスキを受け取り
繋がなければならない。
自分のペースで勝手に走るわけにはいかないのだ。
前の走者が遅れがちならば始めからトップギアで、
良い走りでタスキを渡されれば確実性を高める。
あれやこれや、周りと歩調を合わせねばならないのだ。

帰りの新幹線車内、
「あぁ〜、疲れた・・・」
という相方の消え入りそうな声が聞こえてきた。
もっとも、相方の疲れは昨夜の打ち上げで
はしゃぎ過ぎたせいかもしれないが。

私も疲れを感じていた。
今回も、タスキは着実に渡すことはできたはず。
だが、満足な走りではなかったという思いが疲れに
変化して体に重く堆積しているようだ。

まったく、マジシャンというアスリートも大変である。
一番困るのが、ゴールテープがないことだ。
すごく良い走りができた、天才だ、トップだと思っても
ゴールテープは切れないのだ。
何分何秒という記録もない。
5分という短いレースもあれば、
2時間という長距離もある。

そんなレースが数日続くこともある。
明日に備えて早く寝ようと思っても、
打ち上げという試練が待っている。
打ち上げに備えてレースでは適当に走り、
体力を温存することさえある。

私はマジシャンというアスリートである。
明日はもっと上手く走れるはずだ。
もっともっと早く走れるとも思っている。
いつの日か、何らかの新記録を出せると信じている。
だがゴールテープはまだ先、またその先にも次のゴールが
ありそうだ。
どうやら、マジシャンというアスリートの辞書に
ゴール、引退の文字はないらしい。

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2013-09-08-SUN
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