MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『世田谷センチメンタル、夏』


暑い暑い、暑くてたまりませんとぼやくなら、
いっそ皆で集まって
納涼句会を開催しましょうという、
大変にありがたいお誘いをいただいた。

今回のテーマ、兼題は
『紫陽花』、『祭』、『線』であった。

『紫陽花』と『祭』は夏の季語だが、
『線』は季語ではない。
それゆえ、夏の季語を入れて詠まなくてはならない。


< 紫陽花の 小道の奥に 誘うひと >

近所の小道に、紫陽花が連なって咲いていた。
ずぅっと奥まで紫陽花は続いていて、
先の方は日陰になっている。
紫陽花を眺めつつ歩けば、急に陽が陰って、
薄闇に入ったような気分になる。

猛暑続きのせいか、私の句は妄想気味になったようだ。

私は、浴衣姿の美しい人と歩いている。
「あら、紫陽花、きれいね。
 紫陽花って、本当に涼しげに咲くのね」
彼女の声を聞きながら、私は小道の奥の薄闇に気付く。
なにげなく紫陽花を愛でながら、私は彼女を薄闇に誘う。
小道には誰もいない。
辺りはシンと静まっている。
私は彼女に寄り添って・・・。

あくまで妄想である。
淡い思い出ですらないのが、
いっそう我が身を寂しく想わせる。
が、仕方のないことだ。

現実は、ひとりで近所をぶらぶらと歩いていると
紫陽花に出くわしたのだった。
紫陽花と同じくらいの背丈の子供たちが、
「ぼくのほうが、ちょっと高いよね」
「おんなじくらいだよ、◯くんの頭と、大きさがね、
 おんなじくらい」
などと言いながら、小道の奥に走り去って行った。

この句は、3人の方に
好きな句のひとつに選んでもらった。
ありがたや。
「誘う人、じゃなくて、誘うひと、だから、
 女の人が誘っているという解釈、ありよね」
という意見もいただいた。
ご名答なり。
あえて、ひらがなにして、男でも女でも、
どちらともとれるようにした。

これまた妄想でありますが、
美しい女性に薄闇に誘われる、
そんな経験、一度でもしてみたいものだ。
たぶん、一生ないだろうなぁと嘆息。


< 薄闇で 待ち合わせるや 祭りあと >

祭が終わった。
人々は、散り散りに去って行く。
ひとりの男が、帰り道を少しそれて
暗い方へ歩いて行く。
すると、女が同じ方向へと向かっているではないか。

そうか、あらかじめふたりは約束していたのだ。
祭が終わったら帰るようなフリをして、
ふたりだけでどこかで待ち合わせることを。

これまた妄想の産物と思いきや、実話なのだ。
と言っても、残念なことに主人公は私ではない。

高校1年生の夏、私は親友に誘われて祭に出かけた。
男ふたり、屋台の焼きそばを食べ、
出会った同級生たちとふざけあったりしていた。
4組の、あの娘にも出会った。
可愛い娘は割と多いが、美しいのは
4組のあの娘だけだろう。

誰もが秘かに、4組のあの娘に恋心を抱いていた。
でも、美しい娘にはなかなか、声すらかけられない。

親友と祭の帰り道、それぞれの家まで
一緒に帰るものと思っていた。
なのに、あいつは、
「オレ、こっちから帰るよ、じゃぁな」
私の返事を待ちもせず、薄闇に消えて行った。
私は少し気になって、彼の後ろ姿を目で追った。

約束通りなのだろう、4組のあの娘も
友達と分かれて薄闇に走って行く。
そうだったのか、まるで気付かなかった。
親友と、4組のあの美しい娘は恋仲だったのだ。

夏、誰かの恋は始まり、誰かの恋は淡いままに
消え去ったのだ。


< 風凪いで 蚊やりの煙 線となり >

故郷の夏、縁側に蚊取り線香が置いてある。
そろそろ夕暮れ、少しは涼しくなってもよさそうだ。
なのに、まるで昼間のような暑さだ。
そうだ、風が凪いでしまったのだ。
蚊取り線香の煙が、真っすぐの線のようになって
立ちのぼっている。
「ごはんだよ〜」
母の声が聞こえてきた。

俳句の師匠から、
「凪いで、というのは『風が止む』という意味だから、
 風凪いで、という表現はありえないかも」
というご指摘をいただいた。
なるほど、そうだったのか。
知らなかったです、勉強になりました。

にもかかわらず、この句は多くの皆さんに
選んでいただいた。
本当に嬉しい。
まさか、この句がこれほど支持されるとは
思ってもいなかった。
ただ見たまんま、ありふれた光景を詠んだだけの
句であると思っていた。
なのに、たくさん褒めていただいた。
やはり俳句は難しくて、それゆえ、面白いのだろう。


< 浴衣ごし 背骨の線を なぞりおり >

男は女の浴衣姿を愛でながら、
彼女の背骨を指先でなぞっている。
人の背中の、1本の背骨の線。
好きな人の背骨は、愛しい。

日本の夏、妄想の夏。
今年の夏は、長引きそうだ。
私の熱き妄想も、まだまだ冷めそうにない。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2013-07-21-SUN
BACK
戻る