MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『オタクへの道』


初めて劇場で観たミュージカルは
『オペラ座の怪人』だった。

実を言うと、観てもいないのにミュージカルが
好きではなかった
難しくて退屈な古典劇のように誤解していて、
「高いチケット代を払って、途中で寝ちゃうかも」
などと考えていた。
それでも、
「小石さん、実際に観たら感激しますよ」
と、熱心に誘ってくれた友人たちと待ち合わせ、
いよいよ初ミュージカル鑑賞となった。

劇場に行くといつも思う。
「ミュージカルをわざわざ観に来る人って、
 いったいどのような人なんだろう?」
私は劇場に列を作って流れて行く人々を眺めてみた。

当然ながら、ごく普通の人々が劇場を埋め尽くしている。
「ミュージカルを観ようって人は、
 着飾った高齢な人ばかりに違いない」
などという、私のアホな想像は見事に外れ、
意外や若い男女が多かった。

満員の劇場を見回して、私は先代の円楽師匠を思い出した。
師匠は、どこでも満員の客席を見ると必ず、
「いやぁ、一番前の、たった1列でいいんだよ。
 この劇場の1列分の人が、あたしの寄席に来てくれて
 いれば、寄席はつぶれずに済んだんだよ」
そう、冗談まじりにぼやくのだった。

満員の客席、劇場が観客の熱い期待感で
埋め尽くされている。
私はその熱さに、
「こりゃぁ、きっと面白いに違いない。
 途中で寝てしまうこともないだろう」
と思い始めていた。

『オペラ座の怪人』の、だいたいのストーリーは
知っているつもりだったが、
「簡単に言うと、怪人が悪いことばかりして
 芝居のじゃまをする、そんなストーリーだよね」
などと、いまにして思えばあまりに拙い解釈だった。

そんな無知な観客をひとり抱えて、
それでもミュージカルは始まった。

素晴らしかった。
余計な知識など必要なかった。
目の前で繰り広げられている歌と芝居に
身を委ねていればよかった。
切ない想い、結ばれぬ恋、心に響く愛の歌声。
私がすっかり忘れてしまっていた熱い激情が、
ステージと客席の境を越えて押し寄せてきた。

この瞬間、私はミュージカルにハマってしまった。
それまでの無知や誤解はすっかり棚上げして、
「ミュージカルは素晴らしいね。
 まぁ、観る前から傑作だと解ってたんだけどね」
そう、友人たちにうそぶいた。

その後すっかり心を入れ替えた私は、
ミュージカルと聞けばすぐさま劇場へと足を運んだ。
ひとつひとつのミュージカルが、
感動のチェーンのようになって
私の記憶の中に連なっていった。

『オペラ座の怪人』が映画になったという。
喜び勇んで観に行った。
これまた、大感動であった。
涙が勝手に出てきて、ハンカチが1枚では足りなかった。

最近はありがたいことに、映画がすぐにDVD化される。
ボックス版を買い、好きなシーンを飽きることなく
観続けた。

毎日、まるで習慣のように観ているうちに、
今度は『オペラ座の怪人』のコンサート版が
DVDになったというではないか。
さっそく購入し、溺れた。
『オペラ座の怪人』が、初上演以来
25年を迎えるにあたって
企画されたコンサートのDVD。
映画とは、まるで違う魅力が溢れている。

家で『オペラ座の怪人』のコンサートDVDを観ていると、
そのうち映画版も観たくなる。
映画版の、好きなシーンをしみじみと観る。
再び、やはりコンサート版を聴き直したくなって
DVDを入れ替える。

映画版は、やはり俳優さんたちの美しさに
引き込まれていく。
ミュージカル版は、歌声の魔力に聴き惚れてしまう。
それゆえ、美しさを堪能したかと思えば歌声に聴き惚れ、
聴き惚れたかと思えば美しさにうっとりとする。
更に、劇場で観た、あの生の舞台の躍動感を思い返す。
映画版、コンサート版、劇場編というミュージカルの
バミューダ・トライアングルに、私は吸い込まれ、
溺れてしまう。

三角食べ、というのがあるそうだ。
ご飯を食べ、主菜を食べ、みそ汁を飲む。
再びご飯を食べ、主菜を食べ、みそ汁を飲む。
これを繰り返すのを、三角食べと言うらしい。

映画版を観て、コンサート版を聴き、劇場版を反芻する。
私の美味しいミュージカル三角食べ。

私は、ついにミュージカル・オタクになれたようだ。
以前から、何かのオタクになりたかったのだ。
何でもいい、オタクという恍惚を味わいたかった。

マジック・オタクがいる。
彼らは、とても幸せそうだ。
不思議な現象のマジックを目の前にすると、
すでに瞳孔さえ開いてしまったかのように、
うっとりとしている。
心底感動している、笑っている、魅了されている。
「不思議ですぅ、素晴らしいですぅ、感激ですぅ」
私はいつも、マジック・オタクが羨ましかった。

今や、私はミュージカル・オタクである。
マジック・オタクでないのは残念だが、
マジックは仕事にしてしまっているから仕方あるまい。

『レ・ミゼラブル』の映画は、上映初日に観に行った。
コンサート版DVDはすでに購入していて、
毎日のように観た。
劇場で日本版『レ・ミゼラブル』も観た。
『レ・ミゼラブル』もトライアングルで、
ふたつ目のミュージカルの三角食べを楽しんでいる。

ミュージカル・オタクの目下の夢は、
私よりはるかにオタクの人とオタク話をすることだ。
なんだか怖いような気もするが、
「やっぱ怪人はラミンさんですかねぇ」
「初代のコルムさんも素晴らしいよね。
 クロフォードさんて、喜劇俳優だったのですよ」

濃厚なオタク同士の会話を楽しむ日は、
はたして来るのだろうか。

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2013-07-14-SUN
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