MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『カメレオンKの深き悩み』


私はカメレオンK、マジシャンである。

私は、東に今にもダマされそうになっている
老人を見れば、行って、

「もしもし、きっとこれまで真面目に生きてこられて、
 人を疑う、あるいはダマされる経験も
 なかったのでしょうね。
 経験がなければ、生まれたばかりの赤ちゃんも同然、
 簡単にダマされちゃいますよ」

と、優しく警告を発する。

西に小、中学生あれば、行って、

「君たちが学ぶのは常識ですよ。
 ところが、大人になって社会に出ると
 常識ばかりでは対応できない非常識もあるのですよ」

と非常識だらけのマジックのタネを明かし、
社会には学校では決して習わない非常識もあると熱く語る。

南に超能力者がいると聞けば、
行って本物かどうかを見極める。
これが実に大変な労力を必要とする。
なぜなら、超能力者と称する人物が
都会に住んでいないからだ。
超能力者たちは、なぜか辺鄙なところを好む。
決して東京、ニューヨーク、パリ、ロンドン、
ベルリンなどには住んでいない。
なぜか遠く離れた小さな村や町にいて、
更にマジシャンだけを拒絶する。
それゆえ、職業を偽って、長い旅を厭わず
会いに行かなければならないのだ。

北にマジックを習いたい人あらば、
行って懇切丁寧に教える。
マジックを覚えてもらって、
ボランティア活動の
ひとつの手段にしてもらいたいと願っているのだ。

余談だが、飲み会などで、
「ねぇ、マジックを教えてよ。
 マジックやれると、モテるんでしょ?」
などと言われることがある。
マジックができるとモテるというイメージは、
完全なる幻想に過ぎないのに。
マジックができてモテるなら、
世の中のマジシャンは
もっと幸せそうな顔をしているはずだ。

私は世のため人のため、東西南北津々浦々を
ぐるぐると回っている。
カメレオンという芸名は、全国各地、
様々なイベントの形態に合わせて手を変え品を変え、
はたまた色を変えて対応することから命名したのだ。
それなのに、口の悪い連中は、
「つまりさぁ、
 呼ばれればどこへでも行くんでしょ」
むむ、それは確かにそうなのだが。

ところで、私は今、悩んでいる。
悩みのタネ、それは5万円である。
たかが5万円、されど5万円、それが問題なのだ。

私は全国マジシャン連盟に所属している。
会費は年に2万5千円である。
かれこれ25年は所属しているのであるが、そろそろ
卒業という気持ちが強くなった。
そこで、連盟の事務局に電話をしてみた。
すると、
「はぁ、どうか辞めるのを止めて、
 連盟のために所属し続けていただきたいのですがねぇ。
 もし、お辞めになるということでしたら、
 今年度分と次年度分の会費を、
計5万円をお支払い願います」
という返答であった。

私は疑問に思い、
「はぁ、今年度で辞めても次年度分も払うのですか?
 もし、どうせ辞めるのだから1円も払わないとすると、
 どうなりますか?」
そう訊いてみたのだが、
「はい、もし会費を払わずに退会となりますと、
 除名ということになります。
 まぁ、不名誉なことですよね。
 なので、5万円をお支払いしていただいた方が
 よろしいのではないかと・・・」

私の小さな悩みのタネが芽生え始めた瞬間であった。

もし私が5万円を払わないと、不名誉な除名という処分が
待っているという。
それは、どのような処分なのだろうか。
会報とかに、
『カメレオンKは、
 5万円を支払わないケチ、バカ、カバ、
 お前のかーちゃん出ベソの不届き者である。
 よって除名処分に処す。
 やーいやーい』
とでも書かれるのだろうか。

5万円を支払うと、
『カメレオンKさんは良い人です。
 見事に5万円をお支払いになり、
 連盟をご卒業の運びとなられました。
 美しい去り際、いよっ、名人、大統領』
などと賞賛されるのだろうか。

私は5万円を払わず、不名誉を受け入れるべきか?
それとも5万円を払い、名誉の卒業とするべきか?
その、5万円という金額が、
妙に判断を難しくさせているのだ。
 
確かに、5万円で不名誉な除名となったケチな人、などと
言われたくはない。
だが、5万円で保てる名誉というのも、
なんだかありがたくないようにも思う。

5万円も払って、
「へぇ、カメレオンKは、辞めたのかぁ。
 まぁね、以前からユウレイ会員だもんね。
 連盟の催しにも出てこないでしょ。
 5万円さえ払ったのなら、いいでしょう」
などと、あっさりと済まされてしまうのも口惜しい。

5万円を払わず辞めても、
「へぇ、5万円払わないで辞めたの?
 ケチだねぇバカだねぇ。
 まぁね、以前からユウレイみたいな奴だろ?
 連盟の催しにも出てこないでしょ。
 払わない5万円分、会報で罵ってやればいいでしょう」
と、結果は大して変わらないように思える。

私は大いに悩んでいる。
だいたい、名誉というものが分からない。
名誉は1万円とか2万円とか、
5万円で買えるものなのか?
たとえ5万円払っても、実体のある名誉というものは
決して得られないだろう。
そもそも何なんだ、名誉って。

「名誉を保ちますか?
 それとも、名誉を失いますか?」
などと突然に名誉という言葉を持ち出され、
私はどうして良いのか判断できないままなのだ。

私には分からない。
私には理解できない。
私には選択できない。

誰か教えてほしい。
名誉とは何なのか。
私には、保つべき名誉というものがあるのか。

(注・本文に登場する人物、団体は架空のものです)

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2013-06-02-SUN
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