MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『フリーランスな僕』


僕はマジシャン、個人事業主で、フリーランスです。
個人事業主というと堅い感じだが、
フリーランスというと急に
自由度100%のようになるから不思議だ。
僕は仕事をしている時は個人事業主で、
仕事以外ではフリーランスという気分になる。

フリーランスの時は、気持ちはすっかり解放されている。
平日でも自由時間がたっぷりあったりして、
そんな日にはぶらぶらと散歩に出ることが多い。
たいがいは片道徒歩5000歩くらい歩いて、
あちこちの店に行ったり、花屋の苗を眺めたりする。

いつもの坂道を、ゆるゆると降りて行く。
坂を降りたところにパン屋さんがあり、
いつも寄ってしまう。
ここのピッツァ・プロバンスというパンが好きなのだ。
このパンが好きな人は多いらしく、
売り切れていることもしょっちゅうだ。

僕は店に入るなり、やや慌て気味に
ピッツァ・プロバンスを探す。
店の人は、
「あぁ、ピッツァ・プロバンスの人がきた」
とでも言いたげに、僕の視線の行く先を追う。

売り切れていると心底ガッカリしている表情になるらしく、
「電話いただければ、お取り置きもできますよ」
そう助言してくれるのだが、僕はやはり店のケースの中に
このパンを発見するのが好きなのだ。
店員さんと目が合って、
「ふっふっふ、ありますね」
「あってよかったですね」
みたいな、目での会話を交わす。

ひとつだけあったピッツァ・プロバンスを、
目の前で買われてしまったこともある。
僕は諦めきれずに、
「あの、ピッツァ・プロバンスはもう、ないですか?」
と訊ねてみる。
「あ、今、売り切れました」

先に最後のピッツァ・プロバンスを買ったおばさんと、
「へぇぇ、このパン、人気なのね。
 買えてよかったわ。
 でも、ごめんなさいね、
 あなたの分まで美味しくいただきますよ、おほほほほ」
「ちぇっ、ただね、
 このパンはカロリーは高いと思いますよ。
 せいぜい、ご注意くださいね、ふんっ」
みたいな、しょうもない目での会話を交わす。

パン屋さんを出て再びぶらぶら、
すっかり空腹になっている。
そんな僕の視線の先に、イタリアンの店が見えてくる。
迷わず入って、いつものランチのAコースを注文する。
京都の老舗醸造所の酢を使ったドレッシングと、
バリ島の海塩を振りかけたという
有機野菜のサラダが美味しい。
皿に残ったドレッシングも、パンですくって食べてしまう。

手打ちパスタは3種類、どれも絶品なので迷う。
この店のパスタは、他の店のパスタと
まるで違うように感じられる。
トマトソースとかカルボナーラとか、
普通に思い浮かべるソースの味ではなく、
なんというか、複雑な味わいなのだ。
残ったソースは、やはりパンですくって食べてしまう。

イタリアンの店を出て、今度は花屋さんをひやかす。
いつも、花はほとんど買わずに
ハーブや野菜の苗ばかりに目が行く。
ベランダで育てて、大収穫を目論むのだ。
実をいうと大収穫はなかなかに難しく、
昨年に収穫できたのは茄子やキュウリなど数本、
1本あたり300円くらいではなかろうか。
それでも、もいで数秒後に食べるキュウリはやはり美味いと
自己満足にひたる瞬間が素敵なのだ。


「別にフリーランスじゃなくても、
 休みの日は誰でも似たような過ごし方じゃないの?」
などと言われてしまいそうだが、
僕の場合はちょいと違うような気がする。
なんというか、仕事が休みという状況ではなく、
本来は働かなくてはいけないのに
仕事を抜け出してフリーな気分を甘受しているような、
小さな罪悪感が混在しているのだ。

ついでにちょっと、ぼやき。
僕は脳みそもフリーな部分、すき間が多いらしく、
簡単にダマされて口惜しい思いをすることもあるよ。
警戒心もすっかりフリーになってて、
ひどい目にもあったりするよ。
でもね、それも含めて、
「僕はフリーランスです」
と思っているよ。
本来の意味のフリーランスじゃなくて、
僕だけの自由解釈なのかもしれないけれど。

さて、更にぶらぶらして、
今度はインテリアの店をひやかす。
並んでいる様々な電気スタンドを眺めて、
いつも同じ疑問が浮かぶ。
「電気スタンドは、高い。
 電気コードに金属の棒、電球、傘だけなのに。
 それでいて、パソコンとかよりも値段は高かったりする。
 レアメタル、ICチップなんてのも使ってないだろうに。
 それなのに、高い。
 なぜだ?」

思い切って店員さんに
疑問をぶつけてみようとも思うのだが、
「頭をくるくる回すだけなのに、高いギャラを取る。
 そういうマジシャンもいますからねぇ」
などと反論されるのが怖くて、
いつも疑問を飲み込んでしまう。

日が暮れてきた。
でも、夕方からはフリーランス飲みという楽しみ方もある。
ビールやワインを飲むだけだから、
誰とも同じ楽しみかもしれない。
ただ、フリーランスの僕のビール、ワインは
少しだけ罪悪感の苦い味がする。
それがまた、美味しい。
こうして、僕のフリーランスな一日が暮れてゆく。

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2013-05-26-SUN
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