MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『水を消すなら雨の日に』


私がプロ・マジシャンになった頃、ステージで使う
マジックの道具はほとんど手作りだった。
小さなネタも大道具も、材料を買ってきて
鉛筆で線を引き、のこぎりで切って
トンカチで釘を打って組み立てたものだ。

なにせ初めての道具制作で、あれこれ試行錯誤しながら
ギーコギーコ、トントンカンカン。
なんとか出来上がって、
「ふむふむ、1号機にしては悪くないんでないの。
 これで1時間くらいのマジック・ショーだって
 大丈夫だい」
などと、ステージでの初披露を想像して
ニンマリしていたのだ。

時には大失敗の道具もあった。
『美女のブスブス』という大道具を
制作した時のことである。
美女を箱の中に入れ、前後左右から鋭い剣を
何本もブスブスと刺すものであったのだが、
剣を刺す穴を前後左右、同じ高さ、位置に
開けてしまったのだ。
そうなると、剣同士がぶつかって刺さらない。

箱に3、4本しか剣が刺さらず、
仕方なく『美女のちょっとだけブスブス』という
変なタイトルを付けて演じてみたが、
結局はお蔵入りとなってしまった。

お蔵入り、本当に怖くて哀しい言葉だ。
私のお蔵には、再び日の目を見ることのないであろう
マジック道具が、今も眠り続けているのだ。

自分たちで手作りした道具は、やはり使い勝手が良かった。
のこぎりで切って少しはみ出した部分も知っているし、
釘がちょっとだけ出ている危ない箇所も分かっている。
どこかの不具合も、こぶしでトントンと叩いて修正できた。

買ってきた道具は、そうもいかない。
ディーラーさんの、
「ホラ、こんなに簡単ですよ。
 それで、観客もビックリ。
 更に、こうしてちょっと演出を加えると、
 もう奇跡のような現象が生まれるんですよ」
私は大いに感心して、
「本当だ、この道具さえ手に入れば、
 イマイチだった不思議が
 一気に倍増するに違いない。
 そうなれば、仕事も増えて収入も右肩上がり間違いなし。
 イヒヒヒ、ウフフフ、アハハハ」

しかし、世の中はそれほど甘くはない。
人が考案し、人が作ったマジック道具だけで
大評判になったり、
立派なマジシャンになれるはずもないのだった。

さて、現代はネット社会である。
マジックの道具さえもネットで探して
購入できるようになった。
面白いマジック道具が、宅配便で送られてくるのだ。
ただ、ネットで買う場合は
実際に手に取って確かめることができない。

画面を見つめてマジック道具の体裁を確認し、
紹介文を読む。
< このマジックは、
  右側から見られても左側から見られても
  タネがバレることはありません。
  仮に後ろから覗かれても、一切タネは分かりません >
頼もしい解説に何度もうなずき、購入を決意する。

そうして、実際に届いたマジックを演じてみると、
確かに左右から見られても後ろから覗かれても
タネはバレない。
だが、時として前から見ている観客に
バレたりするのだった。

同封されている取り扱い説明書を読んでみる。
< 練習をしっかりして演じないと、
  タネがバレることがあります。
  左右、後方から見られても大丈夫ですが、
  ごく稀に前方の観客にタネが見える場合があります。
  ご注意ください >
ご注意くださいと言われても、
注意のしようがないではないか。

ネットで買うのは、マジック道具だけではない。
そりゃもう、ありとあらゆる分野の商品が
魅力的な紹介文とともに掲載されている。

高圧洗浄機というのがあった。
高い水圧のシャワーで、外壁などをきれいに洗えるらしい。
また、窓ガラスもピカピカにしたり、
水圧を弱めれば植物の水やりもできるとある。

私は大いに気を引かれ、
たちまち『購入する』をクリックした。
ほんの数日後、夢の高圧洗浄機が届いた。
まずは同封のパンフレットを読んでみる。
< いつでも簡単に車の洗浄ができます。
  また、外壁、窓なども驚くほどスピーディに
  洗浄できます >
次に取扱説明書を読んでみる。
パンフレットの夢のように明るい文面とは違い、
なにやら深刻に思える使用上の注意が書かれている。
< 人に向けて高圧のままの水を散布しないでください。
  水ハネにご注意ください。
  排水を確実に行い、周辺の迷惑にならないよう、
  充分にご注意ください >
等々、パンフレットを読んだワクワク感に
冷や水を浴びせるような内容なのだ。

私は嘆息をする。
「なぁんだぁ、マジックの道具と同じだなぁ。
 すべてが叶いそうなパンフレットのコピーに興奮して、
 その後にほほを引っぱたかれるような取説だもんなぁ。
 パンフと取説の間のギャップが大き過ぎるよな。
 はぁ〜、この高圧洗浄機ははたして当たりか外れか、
 どっちだ」

ものは試しと、私はベランダに出て
窓ガラスの洗浄を試みた。
確かにスピーディに洗浄できて、
窓ガラスはたちまちピッカピカに輝いてきた。
ただ、水圧が高いと水ハネが多く、
ベランダの外にまで飛びはねる。
これでは、下の階のベランダも
濡らしてしまうかもしれない。

私は使用を止め、すでに高圧洗浄機を購入しているA君に
電話をしてみた。
「高圧洗浄機を買って使ったんだけど、
 やっぱり下の階にまで水がはねるんだよね。
 どうしたら、いいかねぇ」
すると聡明なA君は、
「小石さん、それなら高圧洗浄機は雨の日に使うのですよ。
 そりゃぁ、晴れなのに上から雨が降ってきたら
 怒られますよ。
 だけど、雨の日だったら分かりませんよ、ははは」

私は大いに納得し、雨の日を、
それもかなりの大雨の日を待った。

大雨の日はすぐにやってきた。
強風に大雨、まるで台風のようだ。
私は勇んで外に出て、手にした高圧洗浄機のノズルを
窓に向けて洗浄を開始した。
雨合羽を着て顔には大きなゴーグルをしたので、
大雨も強風もへっちゃらである。
窓も外壁も、アッと言う間にきれいになっていく。

「まったく、A君は頭がいいなぁ。
 水を消すなら雨の日に、か。
 マジシャンならではの発想、素晴らしいなぁ」
私は心の中でA君に感謝しつつ、洗浄を終えた。

その夜、私は風邪を引いてしまった。
どうやら、合羽を着ていたものの
冷たい風雨にさらされて体が冷えてしまったようだ。
私は薬を飲み、布団に入りながら
高圧洗浄機の取説を思い返していた。
< 高圧洗浄機をご使用の際は、
  風邪を引かないようご注意ください >
そんな注意書きがあったかどうか・・・。

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2013-05-12-SUN
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