MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『世田谷センチメンタル』


私は無趣味な人間であるが、無粋ではない。
なんとしても、そう思いたい。

マジックを趣味として始め、それがいつの間にか
仕事になってしまった。
ほんの数年間だけでもいい、
プロの世界にチャレンジしてみようかなぁなどと
軽い気持ちで飛び込んだのに、
そのまま36年間も居座ってしまっている。

趣味が仕事になり、ふと思えば
他に趣味がないのに気付いた。
周りを見れば、音楽や歌、ゴルフやテニスと
多趣味の方々ばかり。

「バンド、やってるよ。
 それで、歌もやってる、へへへ。
 ゴルフも始めたし、へへへ、楽しいよ。
 あんたも、なんかやったら?」

誘われてみたりするのだが、
まるで羨ましく思えないのだ。
そりゃぁ趣味だから、本人が楽しければいいとは思う。
その一方で、
「趣味は趣味でも、悪趣味でないの」
などと、つい意地悪な感想を抱いてしまう。

いっそのこと、
「無趣味が趣味です」
と開き直ってしまおうと決めた矢先、
とても興味深いお誘いをいただいた。

「小石さん、句会をやりませんか?
 いえいえ、難しいことは考えなくても、
 ただ思ったこと、感じたことを
 言葉に、文字にするだけですから」

実に面白そうな、これぞ大人の遊びではないか。
しかも、皆でワインでも飲みながら
美味しい料理を愛でながら、というではないか。

句会では、あらかじめ出されたお題や季語を入れて、
各自が俳句を数点提出する。
それらを一覧にし、自分の句以外の好きな作品を選ぶ。
いちばんと思われる句には、二重丸を付ける。
得点を集計し、上から天、地、人と決定していく。

春の気配が濃厚になったある夜、
私たちはとある
レストランに集まった。
いよいよ、皆で俳句を味わいつくす、嬉しい楽しい
美味しい、私の唯一の趣味になりそうだ。

句会の名称は『世田谷センチメンタル』とし、
兼題は『猫の子』『春風』『あける・ひらく』であった。
さて、以下は私の投句。


< 土あける ワイルドベリー ミントの芽 >

昨年の秋だったか冬だったか、
色々なハーブの種を大きな木桶に蒔いた。
蒔いた種は春を感じて、まさに土をあけるように、
押し開くように芽を出したのだった。
芽はぐいぐいと力強く、まだ冷たく固まっていると思えた
土の表面をあけて顔を出したのだ。

「うん、ワイルドベリーだなぁ。
 あっ、これはミントだな。
 もう、いい香りがする」

芽は次々と土をあけ、木桶いっぱいに枝葉を広げた。


< 春風や 骸のほほを なでて過ぎ >

忘れられない光景だった。
雪が舞っていた日々が過ぎ、
ふと温かい風を感じるようになってきた。
目に映る景色はまるで変わっていない。
なにも建っていない、荒れ地のような土地が続いている。
あの日以来なにも変わらない土地にも、
確実に季節は移ろいでいる。
もう少し時が早く進んでいたなら、突然に消えてしまった
この地のあらゆるものたちに、温かい春風が吹いたものを。


< 生も死も ただそこにあり 猫親子 >

私がまだ子供の頃、飼っていた猫が
家の奥の物置部屋で子供を産んだ。
小さな、まだ目も明いていないような数匹が鳴いている。
母猫はつきっきりで面倒を看るのだが、
時々は子猫たちを残して自分の餌を食べにいく。
私はイタズラを思いつき、小猫たちの鳴きまねをしてみる。
「ニャァ〜、ニャァ〜」
まるで似ていないと思うのだが、
母猫は一目散に戻ってくる。
母猫は私の顔を見て、
「あれれ、子猫たちは寝てるし。
 あれれ、ひょっとすると、あんたが鳴いたの?」
というような表情になって私を見るのだった。

ある年のこと、猫はまた子を産んだ。
だが、3匹のうち1匹は死んでいた。
私は相当に狼狽してなにもできずにいたが、
母猫はかまわずいつまでも舐め続けていた。


私の句は、天でも地でも、人でもなかった。
だが、それもいい。
むしろ、名残惜しい思いにさせてくれるのだ。
そんな気持ちを察してくれたのか、
誰ともなく、
「もう一句、兼題は『桜餅』で詠みましょう」

私の投句。

< 桜餅 まぁるく丸い 小宇宙 >

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2013-04-28-SUN
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