MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『僕のスタジオ日記』

番組に出演することになり、放送局に向かった。
お昼の12時入り、局に到着するとスタッフの方々が
すでに待っていてくれた。

最近は、放送局に入るのがずいぶんと難しくなった。
玄関を入ったところに受付があり、
そこで番組名等を書かねばならない。
それらを確認され、入場パスを渡してもらう。
ここ、渋谷にある放送局は、
そのパスをゲートにタッチすると
中に入れるシステムになっている。

以前は、入り口に係りの人が立っていた。
その人に、
「今日は昼の番組、◯◯に出演です」
と言う。
すると、
「あぁ、生ですね。はい、どうぞ」
と応えてくれて、中に入るのだった。

何度も同じ人が入り口にいると、
「おや、今度は何ですかぁ。はぁ、大変ですねぇ。
 がんばってください。私もねぇ、観てるんですよ」
などと、立ち話になったりする。
性善説に立ったような、
なんとも温かいセキュリティだった。

今やセキュリティは性悪説に変わったようだ。
どんな有名人でも、受付をして
入場パスをもらわなければゲートは開かない。
もちろん、そういう方々は事前にスタッフが玄関で
待っていて、あらかじめ入場パスを確保しているのだが。

それでも、始めはセキュリティの機器に
不具合が多く発生して、
作家の先生が入り口で立ち往生しているのを
見たことがあった。
小説家は、たとえベストセラー作家であっても
著名な文学賞を受賞している人でも、
時に顔は知られていないことがあるものだ。

冗談だか本当だか分からないが、
生前のジャイアント馬場さんが
某放送局の受付で止められたと聞いたことがある。
「すみません、どちらへ?」
「あ〜、馬場です」
「はぁ、どちらの馬場さんでしょうか?」
どうやら、受付の人は
ジャイアント馬場さんを知らなかったらしい。
テレビ局の受付を務めてはいるが、
テレビは一切見ないという人もいるのかもしれない。

幸いにも、僕はパスをゲートにタッチして
すんなりと入ることができた。
スタッフの方に先導されて、スタジオ入り。
他の出演者の皆さんはすでにお揃いで、軽く挨拶を交わす。

本当に、日本の高齢化を実感してしまう。
出演者たちのほとんどがその道のベテランばかり。
漫才師も都々逸の先生も、漫談家も落語家も、
皆さん相当に長い芸暦の方々ばかりだ。

僕はマジシャン暦36年目である。
ずいぶんと長いなぁと思うのだが、
周りの先生方に比べれば
まるで新人同様の思いがしてしまう。

落語界の大御所によれば、
「だいたいねぇ、楽屋で立ってる人が少ないんだよ。
 みんな、横になってる。
 化粧台に並んでるのは、
 ドウランとかの化粧道具じゃなくて、
 サプリってぇのやら、血圧の薬だったり。
 それで話が、病院はどこがいいの、
 あの薬が効くの、だよ。
 あれじゃぁ、病院の待合室と変わらないねぇ」

大御所は続けて、
「昔はさぁ、楽屋の話っていえば艶っぽい話って、
 決まってたんだよ。
 あそこに好い女将がいるとか、
 どこそこにキレイな女がいてね、とかさ」

さすがに、今回ご一緒する皆さんはそこまで高齢ではない。
特に落語家の皆さんは、キャリアこそ長いものの
まだまだ若手で、今回の出演者の平均年齢を
下げているようだ。

漫談の先生は、相当に平均年齢を上げていると思う。
僕がこの世界に入った頃、すでにベテランと
呼ばれていたのだから。
だが、以前と少しも変わらない風貌、芸風だ。

ベテラン、高齢の芸人を抱える事務所の
マネージャーさんは、
「ねぇ、ウチの師匠、来年の仕事、
 取っても大丈夫かねぇ。
 ホラ、漫才の◯◯、今年になったら
 もう漫才できないって聞いたしさぁ。
 ウチの師匠も、来年は危ないなぁと思うんだよ」
別のマネージャーも、
「お宅もそうなんだね。
 ウチも似たようなもんだよ。
 ウチの先生はねぇ、携帯も持ってないんだからさ。
 仕事先に来るかどうか、毎回ヒヤヒヤしてるよ」

ふと気付けば、マネージャーさんたちの顔ぶれも
変わってないではないか。
彼らも、長くマネージャー業に携わっている
ベテランばかりだ。

収録は、まるで流れ作業のように順調に過ぎていく。
順番にリハーサルをし、終わったらメイク室に誘導される。
メイクが終わったら楽屋でしばし待機。
最後の出演者のリハーサル、メイクが終わった頃に本番、
収録となるのだ。
収録を終えた演者さんは、袖で出番を待っている人に、
「お先でございました。ほいじゃ、また」

僕たちの出番がやってきた。
「どうも〜、まだやっているナポレオンズです」
これまた低くない年齢層の観客が笑ってくれる。
持ち時間は7分ほどと言われていたのに、
なぜか10分を超えてしまった。
まぁ、仕方がない。
他の演者さんも一様に持ち時間を
オーバーしていることだし、
ディレクターさんの編集のし甲斐があるというものだ。

放送局を出て、僕はテクテクと歩きだした。
最寄り駅には向かわず、ブラブラと歩きながら
帰ることにしたのだ。
外は春風が吹いていた。
この暖かい風は、先に出番を終えて帰っていった
漫談の先生の、丸まった背中にも吹いているのだろうか。
僕は、次に漫談の先生に会うのは、
いったいいつになるのかなぁと思った。

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2013-03-17-SUN
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