MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『芝山・最終章』
   ※前回はこちらからご覧ください。

さてさて、生まれ変わったように
誠二郎は必死に働きます。

働きながら、そうだ、
あの夢に出てきた頭、首を回す術みたいな手妻、
できねぇかなぁ、などと、
新しいネタの考案にも精を出します。

ただ頭、首が回るんじゃ面白くねぇよなぁ。
第一、手妻じゃねぇもの。
それに、笑えるもんでもねぇ。
だから、いかにも首が回ってるように見えれば
いいんだよ。
となると、なんかかぶって、
回ってるように見えればいいんだけどなぁ。

そうだ、桶屋の熊に相談してみよう。
頭がすっぽり入る桶と、もうちょい大きい桶を重ねれば、
頭が、首が回ってるように見えるかもしれねぇ。

誠二郎と熊は、あれこれ思案を巡らせ、
知恵を出し合いながら、なんとか新ネタをこさえます。

できたぜ。
うん、これでいいだろう。
誠二郎は両方の桶に窓を開け、
そこから目と鼻を出します。
そのまま外側の桶を回しますと、
なんと誠二郎の顔が
ぐるぐると回っているように見えるではありませんか。

おいおい、こりゃ面白しれぇや。
まるで頭が、首が回ってるように見えるぜ。
うん、こりゃ笑える、傑作、愉快な手妻だぜ。
熊は大笑いでございます。

誠二郎はお席亭にこのネタを見てもらいます。
熊と同様に、お席亭も大笑いでございます。

誠二郎さん、とうとう見つけたね。
実に面白い手妻だよ。
これなら、寄席のお客さんも大喜びってもんさ。
さっそく、明日から高座に出てもらいましょう。
そうだねぇ、首が回るんだから、この新ネタは
『首回し』と名付けてはどうかな。

さぁ、誠二郎の『首回し』は評判となります。
おい、あの手妻師の『首回し』を見たかい?
寄席のお客の間でも評判となりまして、
誠二郎は休みも返上して首を回し続けます。

早いもので一年が過ぎまして。

お勝、帰ったぞ。
おや、なんかいい匂いがするなぁ。
はは〜ん、畳を替えたんだな。

お帰りなさい、お前さん。
引っ越してちょいと部屋が広くなったからさ。
畳を替えるにもお足が多くかかって大変さぁ。
でも、お前さんが懸命に働いてくれるから
借金はとうに返しちまったよ。
それどころか、貯めたお足で
こんな大きな部屋に住めることになりましたよ。
さぁさ、座ってお茶でも飲みなさいな。

ところでお前さん、どうか怒らないで
最後まで聞いてほしいことがあるんだよ。

なんだよ、あらたまって。
いいよ、怒らないで聞くよ。

実はね、あの木の実、紅い木の実のこと、覚えてる?
本当はね、紅い木の実はちゃんと取ってあるのよ。

なんだって、じゃぁ、あの紅い木の実は夢じゃなくて、
本当においらが持ってきたって、いうのか。
お前が夢っていってたのは、ウソってことか。
おいおい、冗談じゃぁねぇぜ、てことは、
首がぐるぐる回る術も、お前、ちゃんと見たっていうのか?

そうなんだよ。
あたしはねぇ、この目で見て、心底びっくりしたさぁ。
でもね、なんだか不気味な術だし、ひょっとすると
太平の世を惑わす妖術使いと
お上に捕らえられて打ち首、
頭が回るどころか体から離れちまうかもと思ったんだよ。
それで、大家さんに相談して
全部、夢ってことにしたんだよ。

そうだったのかぁ。
いや、怒るどころか、感謝するぜ。
確かに、お前のいう通りだ。
あの術じゃぁ、寄席になんか出られやしねぇ。
お上に捕まっても不思議じゃねぇ。
あんな術をやってたら、今頃はあの世かもしれねぇ。
お勝、本当にありがとう。
感謝するぜ。

こちらこそ、お前さん、本当にありがとう。
それに、あの『首回し』、よくぞ考えてくれましたねぇ。
本当に、面白い手妻ですよ。

ねぇ、お前さん、そろそろ呑んでもいいんじゃないかい?

呑む?
呑むって、お酒かい?

そうだよ。
もう以前のお前さんじゃぁないし、
少々呑んだってバチは当たらないよ。
明日は久しぶりに休めるんだろ?
だから、今夜はゆっくり呑んでもらいたいと思ってさ。
熱燗を一本、つけてあるんだよ。

へぇぇ、酒かぁ。
もう、どんな味か忘れちまったよ。
そうかぁ、もうつけてあるんなら、いただくとするかぁ。

誠二郎は嬉しそうに酒を口元に持ってきます。
懐かしい、酒の匂いが鼻をくすぐります。
あぁ、いい匂いだ。
うんうん、くいっと一気に呑んでみようか。

だが、誠二郎はお猪口を盆に戻します。

よそう。
また酒浸りになって借金をして、
首が回らなくなるのは
もう、こりごりだ。
                (おわり)

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2013-03-10-SUN
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